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なばと殿様(とのさま)
更新日: 2010-03-19 (金) 22:59:18 (5123d)
昔、なばというあだ名の男が阿蘇山のふもとの村に住んでおりました。なばは、力の強いことで知られていましたが、泣くととてつもない力が倍(ばい)も倍も出てくる不思議な男でした。
この男のおっかさんが亡くなった時のことです。男はお葬式(そうしき)の料理につかうなばをとりに、うら山の雑木林(ぞうきばやし)にやってきました。雨上がりの林の中では、よくなばが育つのです。なばというのは、きのこのことです。
阿蘇の野山(のやま)には、多くの種類のなばが見られます。クヌギナバ(ナラタケ)・ハツタケ・シメジ・ヒラタケなどは、なばの中でもなじみが深く、おつゆの具としても恰好(かっこう)のものでした。
男は、そんななばを探しにやって来たのです。あちこち林のなかを探し回っているうちに、立ち枯(が)れの大木に、たくさんのなばが、鈴(すず)なりに生えているのを見つけました。
そこで、いちいちつみ取るのはめんどうくさいと、男は大木を根ごとスポンと引き抜いて、家にもって帰ったのです。どんなに力の強い男だからと言ったって、どうしてこんなに大きな木が、たった一人で引き抜けたのでしょうか。
そうです。男は泣いていたのです。おっかさんとの長の別れを惜(お)しみながら泣いていたのです。そして、泣くたんび力が出ました。だからどんなに大きな木でも平気でした。男のかついだ木の枝が、立ち木に引っかかってはバリバリと大きな音をたてます。歩くたびにドシン、ドシンと足音が響(ひび)きます。村人たちは山の林を見上げながら、音のする方をうかがいました。
「一体何が起こったんだろう。」
音に気付いた人たちは、みな外に出てみました。やがて、野道(のみち)に男のすがたが現れました。沢山(たくさん)のなばがぶら下がっている大きな木を軽々(かるがる)と、かついでいる男を見て、村人たちは驚(おどろ)きました。
「おい、あれを見ろや。大きな木を根っこごと持って来よるぞ。」
近づいてきた男を見て、これまたびっくり。びっしりとなばが鈴なりに生えています。男の力の強いことを知っていた村人たちも、改めて男のすごい力を見直(みなお)したというわけです。なばというあだ名は、こうしてついたのです。
力の強いなばのうわさは肥後の殿様のところにも伝わっていました。ある時、殿様が阿蘇にやってきました。殿様は家来(けらい)に言いました。
「たしか阿蘇には、めっぽう強い力の男がいると聞いておったが、何とかという、変わった名前じゃったな。」
「ははあ、それはなばという男と存(ぞん)じますが。」
「なばとは、まこと変わった名前じゃ。」
「聞くところによりますと、親の葬式の日に、山になば採(と)りに参(まい)ったとのこと。」
「なるほど、おとき(葬式の前にお客に出す食事)の吸(す)い物(もの)の具につかうなばじゃな。それでなばという名になったというか。たかが、それ程のことでなばでもあるまい。」
「ははあ、おおせの通りで。そのわけは、これこれしかじか・・・でございまする。」
殿様は早速(さっそく)、なばを陣屋(じんや)に呼びました。
「よく来てくれたな。」
「これはこれは、お殿様。私のごときをお召(め)し下さいまして、まことに有(あ)り難(がた)き幸せ。」
「ほかでもない。おまえの力の強いことは聞いておった。しかし、しかとこの目で確かめぬと納得(なっとく)できぬ。力の強い証拠(しょうこ)を見せてみい。」
なばは、
「それでは明日の朝、殿様のおたちになられる時に来(こ)らせてもらいましょう。そん時私の力ば見ていただくことにいたします。」
おたちというのは、殿様行列出発(とのさまぎょうれつしゅっぱつ)のことです。その時、なばは一体何を見せるのでしょう。
翌日朝早く、なばは羽織(はおり)袴(はかま)でやってきました。殿様のおたちの早いことを、なばはちゃんと心得(こころえ)ていたのです。殿様のかごも早くから、おたちの用意ができていました。
「おう、まことに朝早くやって来たな。ところで、何を見せてくれる。」
殿様は、かごに乗りながらなばに話しかけました。その言葉が終わるやいなや、なばはかごのふたを静かに閉めました。それからかごの片方(かたほう)を一人で軽々と持ち上げました。お供(とも)の者たちは驚きの声をあげました。
そのどよめきは何事によるものか、殿様にはわかっておりません。実に鮮(あざ)やかに、そして静かにかつぎ上げたので、殿様はかごの小さな引き窓をそっと開けて外を見ましたが、何事もないように思えました。いつものとおりかごは進みます。
殿様のかごは、前に2人、後ろに2人でかつぐものと決まっているはずだから、とても一人でかつげる代物(しろもの)ではありません。それも、殿様の乗り心地は普段(ふだん)と変わりないのだから、並の力でない事はわかりきっています。何も知らない殿様は、
「これこれ、なばはどうした。力の強いところも見せずに帰ってしもうたか。」
そう、かごの中から聞きました。
「お殿様、私一人でかごをかついでおります。」
と、なばが答えました。殿様は少々驚きました。しかし、そこは殿様のこと、ここで慌(あわ)ててはと、
「なば、なるほどおまえの力はたいしたもんじゃ。それで、ここからどの辺(へん)までわしをかついでいけるのかな。」
といいました。すると、なばは
「殿様おゆるしくだされ。」
と一言かけてから、どんどんと駆け出したからたまりません。
殿様の行列というものは、先箱(さきばこ)・毛(け)やり・鉄砲(てっぽう)などに続き、色々な道具を持つもの、そして殿様のかごとなります。殿様の周りには、たくさんの侍(さむらい)たちが従(したが)っています。そこで、駆け出したかごといっしょに、みんなも走らなければなりません。殿様行列が駆け足などというのは聞いたことがないのです。
「よいよい、もうよい、わかった。おまえの力の強いことは、はっきりとわかった。ここいらで休憩(きゅうけい)したい。」
殿様は大声でわめきました。なばは一向に聞こえんふり。内牧(うちのまき)から、やがて千石橋(せんごくばし)にさしかかりました。
「ではこの辺でちょっと一服(いっぷく)。」
と、橋の欄干(らんかん)に腰(こし)をかけました。殿様はやれやれ、かごの外に出て腰でも伸ばそうかと、引き窓から外をのぞいて見ると、かごは橋の欄干から川の上につき出されています。
「なば、なば、早くおろせ。わしは目まいがして参った。」
殿様のあわてぶりに、なばはニコニコしながら、わざと片手でかごを押さえたまま腰のたばこ入れからキセルを取り出し、ゆっくりとたばこに火をつけて吸いはじめました。殿様はなばを試(ため)すつもりで、反対に試されてしまったというわけです。
参考
索引 : な
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