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南阿蘇村

概要

阿蘇カルデラの南部、阿蘇五岳と南外輪山(はさ)まれた南郷谷(なんごうだに)に位置します。
村のほぼ中央を白川(一級河川)が東から西へと流れ、両側には、住宅、商業地、耕作地
が広がっています。
標高の高い600m以上の地域には植林(しょくりん)と、原野が広がっています。

沿革

平成14年10月10日、南阿蘇3村合併推進協議会(任意協議会)(がっぺいすいしんきょうぎかい(にんいきょうぎかい))が設立され5回の協議(きょうぎ)を重ねて、平成15年4月1日南阿蘇3村合併協議会(法定協議会(ほうていきょうぎかい))を設立。
熊本県知事立ち会いのもと平成16年6月11日南阿蘇3村合併協定の調印(がっぺいきょうていのちょういん)
平成16年7月2日県知事へ合併申請書提出(がっぺいしんせいしょていしゅつ)
その後各3村議会で廃置分合(はいちぶんごう)が議決され、平成17年2月13日南阿蘇村が誕生しました。
3村(白水村、久木野村、長陽村)が合併に至る背景には、少子高齢化(しょうしこうれいか)の進展や、行政ニーズの多様化(たようか)など、村行政に新しい対応が求められてきていた事があげられます。3村は地理的、文化的、住民生活上もつながりが深く、ひとつの村になることは行政基盤(ぎょうせいきばん)の充実を図るためにも不可欠でした。
白水村は、明治3年(1870年)藩政改革(はんせいかいかく)以降、明治9年「郡区町村編成法」の施行により、両併村、白川村、吉田村、一関村、中松村の5行政区となり、明治22年の市制町村制の施行に伴い、合併して「白水村」が誕生しました。その後は、合併などを行うことなく現在に至っています。

久木野村・長陽村について

久木野村は、明治3年(1870年)藩政改革以降、明治9年「郡区町村編成法」の施行により、河陰村(かいん)、久石村の2行政区となり、明治22年の市制町村制(しせいちょうそんせい)施行(しこう)(ともない)い、合併して、「久木野村」が誕生しました。その後は、合併などを行うことなく現在に至っています。
長陽村は、明治3年(1870年)藩政改革以降、明治9年「郡区町村編成法」の施行により、河陽村、長野村、下野村の3行政区となり、明治22年の市制町村制の施行に伴い、合併して、「長陽村」が誕生しました。その後、昭和31年に、当時の菊池郡瀬田村から立野地区を分村編入(ぶんそんへんにゅう)して現在に至っています。

役場所在地

〒869-1411
熊本県阿蘇郡南阿蘇村大字河陰145番地3
北緯32°49′19.5″ 東経131°01′53.2″

総人口(2014年12月31日現在)

11,829人 男5,674人 女6,155人

世帯数(2014年12月31日現在)

4,759世帯

総面積

137.30 km²

村の花 馬酔木(あせび)

町の木 南郷桧(なんごうひ)

村の鳥 ホオジロ

村の蝶 オオルリシジミ

参考

南阿蘇村

カテゴリ : 行政
索引 :

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