ホーム > 小国両神社

小国両神社

概要

起源(神話)

小国郷の総鎮守とされる両神社は高橋宮と火宮の二神を祀るのでこの名が付けられたと言います。
阿蘇に伝わる神話ではこの二神は兄弟で、国造神社に祀られる速瓶玉命(はやみかたまのみこと)と雨宮神の子供とされています。祖父に当たる阿蘇を開拓した健磐龍命(たけいわたつのみこと)から小国郷開拓の命を受け小国に来たとされています。この神社には二神の母に当たる雨宮神も祀られています。実は雨宮神は小国に住む神様で、手野の速瓶玉命と結婚したとも言われます。
また、次のような話も伝わっています。仁徳天皇の時代の話です。神社の北東に高橋山という山があり、この前を馬で通りかかると必ず馬がつまずき、みんな怪しい事だと思っていました。そんなある日、「我はこの山の主なり、我を敬えば万民安全にして、風雨違えず五穀豊穣(ごこくほうじょう)なり」と言う神の言葉が聞こえたので、祠を立て、お祀りすることにしました。また、地獄田と言うところがありました。そこは水はわき出ず、火が燃えていることがあるという場所でした。時代は下って反正天皇(仁徳天皇の2代後の天皇)の時代、「我は地獄田の霊であり、高橋大明神と一体の神である。よろしく並べて祀るべし。」と言う神の言葉がありました。そこで火の神大明神として高橋大明神の隣に祀るようになり、両神社と呼ばれるようになったといのです。いずれにしても、様々な神話に彩られ、古くから地域の人々から大切に祀られていた神社です。

例祭

この両神社の例祭は10月16日から18日までの4日間です。以前は「9月の市」という名で祭りを呼んでいましたが、これは旧暦の9月のことで、以前は玖珠、日田、隈府、阿蘇方面より商人が祭礼を目当てにやってきて、一ヶ月にわたり市を開き、帰りは北里七日町、土田、市原等で市を開き帰路についたそうです。両神社門前に露天を出していた商人達が土着して、現在の上町、下町の町並みができたともいわれています。
祭りでは古式ゆかしい神幸行列が行われます。小国郷の各地区毎に神馬や旗、梓弓など行列の役割が決められています。中でも先導役をはたす、中原楽、下城楽のにぎやかな舞は、神々しい神幸行列のなかにあってひときわ華やかな彩りをそえています。以前は黒川楽、岳の湯楽も出ていたといいます。江戸時代には長刀や鉄砲12丁を抱えた武士による先導が行われていましたが、今はありません。
祭りは15日の夜に御輿に御霊遷しがあります。そして、16日から長い行列のお供を従えた2基の御輿の神幸があります。行列は、この日南小国町の市原まで進んで夜はここに泊まり、17日は市原を出発し、宮原町中央にあるお旅所まで巡行し、ここに泊まられます。そして、18日はこの前の広場で相撲(すもう)などが行われ本社に帰還されます。
また、神社の拝殿や御仮屋では「みわ神楽」(庭神楽ともいう)と言う神楽が舞われます。元は33番の巫女神楽だったと言いますが、今は男性が舞う神楽になっており、演目も「六調子」、「八乙女」という二番しか伝わっていませんが、回転動作を基本とする優美な舞で、古い時代の巫女神楽を彷彿とさせる貴重な芸能です。

所在地

熊本県阿蘇郡小国町宮原1670
Google Map

カテゴリ : 文化・歴史
索引 :

このページのURL:

TOP