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小学校/碧水小学校区

碧水小学校区の紹介

 碧水小学校(へきすいしょうがっこう)は、かつて豊(ゆた)かに村々(むらむら)を潤(うるお)したという踊山神社(おどりやまじんじゃ)の泉(いずみ)の水に校名(こうめい)を由来(ゆらい)します。
古(ふる)くから山岳信仰(さんがくしんこう)の中心地(ちゅうしんち)として栄(さか)え、「西巌殿寺(さいがんでんじ)」や修行者(しゅぎょうしゃ)や参詣者(さんけいしゃ)の宿坊(しゅくぼう)の集(あつ)まりを意味(いみ)する「坊中(ぼうちゅう)」という地名(ちめい)には、その名残(なごり)を見(み)ることができます。校区(こうく)には、山岳信仰の中心だった西巌殿寺や、火焚神事(ひたきしんじ)で有名(ゆうめい)な「霜神社(しもじんじゃ)」があります。

西巌殿寺

西巌殿寺

 火を噴(ふ)く阿蘇山(あそさん)は、霊山(れいざん)として人々(ひとびと)の畏敬(いけい)の対象(たいしょう)であり、修行(しゅぎょう)を行(おこな)うにふさわしい場所(ばしょ)とされました。西巌殿寺は、最栄(さいえい)によって開(ひら)かれ、火口(かこう)の西の巌殿(いわどの)にあったことから西巌殿寺と呼ばれるようになりました。本堂(ほんどう)を中心にして36坊(ぼう)が設(もう)けられ、山岳信仰の中心として栄えました。明治4年(1871)、阿蘇山上にあった西巌殿寺の本堂を現在地(げんざいち)に移転(いてん)しました。しかし、平成13年9月の火災(かさい)で本堂が焼失(しょうしつ)し、現在(げんざい)は柱(はしら)を支(ささ)えた石や階段(かいだん)が山岳信仰の中心地としての役割(やくわり)を担(にな)った西巌殿寺を伝(つた)えています。

踊山神社

踊山神社

 昔(むかし)、踊山神社の湧水(わきみず)は、南郷谷(なんごうだに)の白川水源(しらかわすいげん)と並(なら)び、「阿蘇の二大水源(にだいすいげん)」に数(かぞ)えられ、田んぼを潤(うるお)していたといわれています。また、水不足(みずぶそく)の年は、笹(ささ)をもって、神社の前で踊(おど)れば水が湧(わ)いたので、踊山神社と称したとも伝えられています。
 豊富(ほうふ)な水量(すいりょう)を誇(ほこ)り、田んぼの水や地域(ちいき)の生活用水(せいかつようすい)として使われていましたが、昭和30年頃(1955)から噴出(ふんしゅつ)する期間(きかん)が短(みじか)くなり、その4年後には完全(かんぜん)に枯渇(こかつ)してしまいました。

霜神社

霜神社

 霜神社の火焚神事(ひたきしんじ)は、8月19日から10月16日にかけて行われます。農作物(のうさくもつ)に霜(しも)の害(がい)がでないことを祈願(きがん)して、火焚殿(ひたきでん)で火焚乙女(ひたきおとめ)が火を燃(も)やし続(つづ)けます。この神事は、上役犬原(かみやくいんばる)・下役犬原(しもやくいんばる)・竹原(たかわら)地区の氏子(うじこ)による輪番制(りんばんせい)で代々(だいだい)受(う)け継(つ)がれています。また、火焚神事に関(かん)する神話も語(かた)り継(つ)がれています。

参考

くらしのあゆみ 阿蘇 -阿蘇市伝統文化資料集-

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