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干し草刈りの衰退

概要

干し草の1農家当りの貯蔵量は、農業経営のなかで特に重要な要素でした。牛馬の飼育頭数や厩肥の生産量、ひいては水田単作地帯の米の生産量にも波及していたからです。
古くから言われてきたように、干し草の量と耕地の生産性の間には次のような連鎖関係がありました。「干し草刈りに必要な基幹労働力2人→成牛1頭当たり50㌃の草刈り場→成牛1頭当たり3㌧の厩肥生産→耕地30㌃の地力維持」。したがって、仮に150㌃の耕作地を保有してその土地生産性を維持するためには成牛5頭の飼育が必要です。その冬場の飼料、さらに厩肥の材料を確保するために約2.5㌶の干し草刈り場が求められました。
このような連鎖関係を基盤にして、火山灰土の阿蘇で農耕が成立してきました。しかし近年、化学肥料の普及が厩肥の利用を減退させ、重労働の干し草刈りは農村の高齢化もあって減少しています。さらに、トウモロコシサイレージの普及による冬場の貯蔵飼料の転換、牧野の改良と低温でも伸びる牧草の導入に伴う放牧期間の延長などによって、長い間続いてきた干し草依存の農業は急速に減少しました。
昭和40年代までは晩秋を迎える頃、外輪山上の稜線には数多くの干し草小積が並んでいました。のどかで美しい阿蘇の農村を象徴する風物詩、そしてその分布密度が草の生産量を示していました。しかし、現在はたまに見かける程度になりました。

カテゴリ : 生活
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