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町村合併(一の宮町)と山林

概要

地方事務所の指導する事務処理日程表では、町村民税滞納解消、財産の整理、事務引継を2月・3月の内に処理することを支持していますが、2月9日の宮地町議会の答弁では、各村の滞納額は、宮地町666万円、坂梨村333万円、中通村100万円、古城村260万円、合計1,259万円となっていました。合併町村協定事項では滞納80%徴収を目指しましたが、4町村の経年滞納総額は4町村の一年間納税総額の49%強を占め、きびしいものがあったと思われます。
旧村の役場等の建物敷地である行政財産はすべて新町に引き継がれることに問題はありませんでしたが、新町の基本財産として旧町村有山株をそのまま引き継ぐことには抵抗がありました。
先述のように各町村の有する町村有山林面積には差異があったからである。当初の協定では「各村における山林の時価評価額の最低額の2分の1を基準として、財政計画に必要な額の山林を人口比率により新村に引き継ぎ、その他の基本財産は財産区とする」と定められていましたが、最終的には、最低額の「2分の1」の部分が削られ、その他基本財産の前に「山林・原野」という語が挿入されました。
事務引継には事務引継書が作成されましたが、その内容は、

  1. 財産目録(基本財産・公用財産・預金)
  2. 書類帳簿目録
  3. 処分未済事項
  4. 未着手事項
  5. 将来企画事項(新町建設計画)
  6. 収入支出金額(収入命令・支出命令)などでした。

ただし、旧村役場は出張所として、戸籍・微税・配給業務の窓口として当分残されることになっていたので、新町引き継ぎ書類・帳簿としても残しておくもの、新町へ移すもの仕分けも行われました。
一方、この間に町村長や議会は、残っている旧町村の行政権限によって、ぎりぎりまで事業案件を審議しているが、その中で共通しているのは町村有山林を売却して財源としていることです。
2月15日の宮地町議会は、一連の町村合併関連議案の審議の後、第10号議案として町有山林処分を異議なく議決していますが、さらに東小堀の残木800本の整理につて質問があり、即刻町は売却交渉を詰めさせ、確定した価格32万円での売却を追加決定しています。
中通村は2月27日の村議会九号議案で、字北山の村有山林のスギ・ヒノキ・12,000本余、9,400石余の立木売却を決定し、入札では村議全員が立ち会うことにしました。この理由は、敷地売収費を含む公民館建設費と、前年の昭和28年6月および7月の水害復旧事業費充当のためとされています。
2月13日・15日に町村合併議案を可決した古城村では、一方で13日に簡易水道施設について、上田商会技師を招き、工事内容・経費・期日・人夫日当などの内容について質疑を行い、簡易水道工事実施を議決しています。そして、2月23日・24日・28日の村議会では、村有山林の売却が議案となっています。ただし、40余年間育成した村有山林をこの際処分してよいものかどうか、簡易水道工事財源としての可否を村民に問うた上での決定となりました
この時の古城村では、第一次売却分870万円、第二次売却分900万円、計1,770万円をもって、簡易水道設備1,130万円、林道補修費98万5千円、小学校改修費150万円、国造神社改修寄付金100万円、一般会計繰入・木材取引税・その他192万円の計画を、合併の前々日の3月30日に議決しました
新町建設計画の公民館総合整備に関する事項では、一の宮町の場合次のように記されています。

  • 本館は一の宮町役場に併設し、分館活動に重点を置く。よって分館を次の通り設置し施設の充実を図る。
    • 坂梨分館 新築 昭和28年度
    • 中通分館 新築 昭和28年度
    • 古城分館 旧古城村役場転用

重点をおく分館活動の建物は一の宮町の発足以前、旧町村年度に新築するというのであり、中通村はこの財源として村有山林を伐採したことになるのです。坂梨村も同様であったと思われます。古城村の場合は一つ前の古い役場を公民館に転用して、代わりに簡易水道設備、小学校改修を作ったということになります。
先に新町の基本財産として旧町村から人口比率で供出される町村有林の算定基準が、最低評価額の2分の1から、その「2分の1」がなくなり、文中に「山林・原野」が挿入されていることと関わっているとみられます。旧町村は財産区として残す旧長村有林の面積を増やす代わりに、合併新町村建設計画の中で前倒しの事業を行うことを協議会の協定として認められたものと理解できます。その財源として山林が伐採されたのですが、協議会としては基本財産は新町の建設計画のためにあり、それを果たすとあれば、新旧いずれでも、時期の前後いずれでも固執しなかったのではないか。一方、旧町村側としては納得のいく形で住民生活条件が整えられて、それが新町建設の前倒し事業として認められるとすれば筋も通り、伐採したとしても、より多くの財産区を確保しておけば、植林により再び資産を増加できるという展望があったものと考えられます。

参考

阿蘇一の宮町史 戦後農業と町村合併

カテゴリ : 文化・歴史
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