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蛍丸

概要

阿蘇家伝来の名刀で来国俊の作で旧国宝となっています。
延元元年=建武3年(1336)阿蘇惟直が菊池武敏とともに足利尊氏の西下を阻止しようと、筑前多々良浜(現福岡市)で迎え撃ちましたが敗北しました。
この時用いた太刀が「蛍丸」で、適と激しく渡り合ううちに刃が刃こぼれをおこしました。その後、夢の中でどこからともなく蛍の群れが訪れ、刃こぼれした刀に止まりました。不思議に思い夜が明けて太刀を抜いてみると、ボロボロだった刀が元通りになっていました。以来蛍丸と名付けて家宝としたそうです。
来国俊は山城国(現京都府)の名工で、銘に永仁5年(1297)3月1日とあります。長さ3尺3寸余、反り1寸余りの背負い太刀です。
戦後、アメリカ軍による武器接収の際、供出されたということですが、その後処分された。どこかにまだ隠されている。など消息は不明のままとなっています。
くまもと郷土美術館に蛍丸の押形が保存されています。

蛍丸伝説プロジェクト実行委員会

平成27年、この蛍丸を復活させようと3193人からの寄付が集まり、岐阜県関市と大分県竹田市の刀鍛冶による制作が行われています。平成29年には阿蘇神社に奉納される予定です。
竹田市HP

平成29年6月17日「蛍丸」が復元され阿蘇神社に奉納されました。



カテゴリ : 文化・歴史
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