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西南の役

明治10年(1877)、西郷隆盛率いる鹿児島士族が起こしたわが国最大で最後の内乱「西南の役」は、明治維新の総仕上げとしての役割を果たした戦争です。
熊本、田原坂、山鹿、南関、玉名、御船、八代、人吉など、熊本県下全地域にわたって戦闘が繰り広げられ、阿蘇地域も例外ではありませんでした。
宮崎県の飫肥藩士500名による飫肥隊は、2月26日、高千穂を越え、阿蘇南郷谷を下り、俵山を越えて熊本入りしています。3月17日には二重峠の戦い、滝室坂での激しい戦いがありました。
また、薩軍に加わるために大分県の中津隊の百余名は4月4日、小国へ入りました。
そして、薩軍が二重峠から撤退する4月21日まで、阿蘇一帯は薩軍に支配されました。
阿蘇地域で西南の役を物語るものとして、南阿蘇村河陽に西南の役公園、的石に山内柳八の殉難碑、柏塚に古沢元倫墓碑、西巌殿寺に厨亮俊の墓、滝室坂に坂の上台場跡慰霊碑、俵山に西南役慰霊碑、二重峠に西南之役戦跡碑が残されています。
また、阿蘇神社には有栖川宮熾仁親王の扁額が残されています。

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参考

阿蘇の達人 ~阿蘇をつくった神々と歴史~

カテゴリ : 文化・歴史

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