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長陽村(現南阿蘇村)

概要

県の東部、阿蘇郡の西南部に位置して南郷谷の入り口です。東は白水、西は菊池郡大津町、南は久木野、北は阿蘇の山稜を越えて阿蘇市に隣接しています。
阿蘇山と阿蘇外輪山を源とし、阿蘇谷を流れる黒川と南郷谷を流れる黒川と南郷谷を流れる白川が立野火口瀬で合流し白川となり熊本市に流れています。
面積38.77㎢、人口5,306人(2000年調査)、世帯数1,762

歴史

戦国時代には下田市、長野氏が阿蘇氏の支配下にあって統治しました。加藤氏領を経て、その後江戸時代は細川氏領となり布田手永の惣庄屋が統括していましたが変革を経て明治12年(1879)「郡区町村編制法」実施により河陽、長野、下野の3村は1行政区として戸長役場が置かれ、22年町村制の施行によって合併し長陽村となりました。その後昭和31年(1956)8月1日菊池郡瀬田村から立野地区が分村して長陽村に併合されました。
阿蘇国立公園の一部を占め、阿蘇火山を背景に自然美豊かな中で農業を中心に文教、観光の村として堅実な発展を遂げています。

産業

農家数546戸、水田555ha、畑地199haでおもな作物は米、麦、タバコ、トマト、トウモロコシ、カンショなどの飼料作物、また複合的に畜産を取り入れ、経営基盤の整備とほ場整備を強力に推進しています。

環境

文教面にも力を入れており、九州東海大学をはじめ京都大学火山研究施設があり、女子短期大学の建設も予定されていました。
村内には中学校1校、小学校3校がありますが、永久構造に改築したのをはじめ教育施設、環境の整備拡充を図り、文教の村づくりが着々と進められました。
交通は国道57号線、325号線と県道3線のほか林道、国鉄豊肥本線、高森線があり利便性もあります。
観光面では村内5カ所に湧出する温泉群(戸下、栃木、地獄、垂玉、湯の谷)をはじめとし、立野火口瀬にまつわる神話、下野の巻き狩りの史実につながる数鹿流ヶ滝や孝女白菊物語、西南戦争の激戦地など名勝古跡が数多く存在します。

カテゴリ : 行政
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