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門前町

概要

中世以降、神社や寺院への参拝者を対象に土産物店、飲食店、宿屋、娯楽施設などが社寺の門前の街道沿いに発達した町を指します。
寺院の門前の場合を門前町、神社の場合を鳥居前町、寺の境内の集落を寺内町、山岳信仰と結びついた宿坊集落を御師町などと区別して呼ぶこともあります。奈良は首都としての性格を失った平安時代には、東大寺、興福寺、春日社の門前町的な性格に変化し、現在の奈良市はこの中世の自社門前町に起源することは明らかです。
中世末に始まる門前町の例は、金刀比羅宮のある香川県琴平町、善光寺のある長野市、東照宮のある栃木県日光市などで、近世の門前町としては不動尊のある千葉県成田市があります。新興宗教の門前町として奈良県天理市や岡山県浅口郡金光町があります。門前町は鎌倉から室町中期ごろまでは中世都市を代表するものであって量的にも最も広範に分布しており、14~15世紀にその繁栄のピークに達し、近世に入るとその社会的比重は急激に低下していきました。
県下では、八代の最初の町は、妙見宮が上宮、中宮、下宮と三度所を変えて創建され、下宮が平地に立地したときの門前町です。門前町は旧宮地(現八代市)の大字宮地の集落と大差のないものでした。鎌倉、南北朝、室町のころ、ここに妙見宮と妙見15坊(天台八坊、真言7坊)が立ち並び、社寺を中心に八代で初めて人口1,000人余りの都市が生まれたそうです。社の周囲には支配層の大宮司、検校、巫女の屋敷があり、その周辺と旧参道に神人10座と大工座、鍛冶座、桧物屋座、土器屋座、御免革屋座の商工業五座がありました。
阿蘇市一の宮町宮地は肥後一の宮阿蘇神社門前町、同市阿蘇町坊中は天養元年(1144)建立の西巌殿寺(天台宗)が衆徒20坊、修験者17坊と栄えていたころの門前町に起源しているそうです。

カテゴリ : 文化・歴史
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