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阿蘇君

概要

古墳時代、阿蘇谷東北部を根拠地として阿蘇盆地全域に勢力を伸張し、律令時代に阿蘇神社の神主家となった豪族です。同地方の人々は早くから阿蘇火山を火神として崇拝していたと思われ、従ってこの地方の有力者は司祭者的性格を濃厚に保持し続けました。延喜式内社肥後国四座のうち健磐龍命(たけいわたつのみこと)神社、阿蘇都比咩神社、国造神社の三座までが阿蘇谷東北部に鎮座しており、特に前者は中央にも重んじられて阿蘇大社となり、現在に至っています。
阿蘇地方が大和朝廷の支配下に入ったのは4世紀後半ごろで、その服属形態は県の献上だと思われます。同時にこの地方の有力者は県主(あがたぬし)に任じられ、畿内型の前方後円墳築造が開始されています。
その後、盆地内の開発は次第に南郷谷へも伸展し、日下部の設置も行われました。6世紀に入り阿蘇君一族が国造に任命されたころまでには阿蘇盆地は全域同氏の勢力下に置かれていました。
6世紀後半の築造とされる上御倉、下御倉両古墳は直径30mの巨石墳です。


カテゴリ : 文化・歴史
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