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阿蘇山の所有権

阿蘇山の所有権を巡っての争い

阿蘇山の年間観光客は、昭和32年当時130万人といわれていました。当時、坊中駅から山上までの登山道路の全面舗装が完成すれば、数年のうちに200万人に達するという見込みでした。
その場合、現状の観光施設では収容できないため、阿蘇町は当時の厚生省に対して山上広場から火口に至る自動車道路の開設や休憩所の設置などを申請しています。しかし、厚生省からの返答がないまま、阿蘇町は昭和32年、町立自然公園設置条例、町立自然公園入園料徴収条例を制定し、昭和33年に観光施設を整備する目的で入園料(大人30円、学生20円、子ども10円)の徴収を開始しました。国はこれに対し、九州財務局を通じて「阿蘇山火口一帯は元細川家の所領で、明治4年廃藩置県によって国有地となり、明治32年まで有料借用。明治32年に国有土地森林原野下戻法が制定され、黒川村議会の議決を経て下戻申請書を提出しています。
申請は正しいと認められ、明治40年6月に現地の引渡しを終えているため、町有地であることに疑義を挟む余地はないと文書で回答し、所有権は町にあると強く主張しました。しかし、国は国有地であり入園料徴収等禁止の仮処分を提訴、町は入園料徴収妨害排除の仮処分を提訴し、国と町の提訴が開始されていました。
裁判は実地調査、公判、証人尋問、弁論を繰り返し長期戦になり、第1審の判決までに約7年を要しました。その間も徴収は行われ、7年間で約3億円の入園料を徴収しています。
そして第1審の判決は国有地と判定され、控訴をしてもさらに歳月を要するため、昭和40年に事実上の和解となりました。和解案は、

  1. 阿蘇町は控訴しない
  2. 徴収した入園料は政府に返さなくともよい
  3. 山上から火口への町営有料道路を許可する

昭和40年、町営有料道路料金(マイクロ500円、普通車200円、単車50円)の徴収が開始されます。高額な通行料でしたが以前の入園料と差はなく、毎年3,000万円程度あげ、財政に大きく貢献しました。
現在は年間8,000万円程度の収入があり、観光施設及び公園道路の管理、阿蘇山遭難事故防止等に使われ、阿蘇の観光の発展に大きく寄与しています


カテゴリ : 行政
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