概要
杖立川(つえたてがわ)とは、熊本県阿蘇郡小国町(おぐにまち)を流れる一級河川で、筑後川(ちくごがわ)水系の最上流部に位置する川です。志賀瀬川(しがせがわ)と合流する小国町宮原(みやのはる)を上端とし、津江川(つえがわ)との合流点を下端とする区間が熊本県側では杖立川と呼ばれており、建設省の土木管内図上では筑後川と表記されています(角川日本地名大辞典「熊本県」)。流路延長は約11.0km、流域面積は約306平方kmです。
九州最大の一級河川・筑後川の源流域にあたり、筑後川本流の水源である田の原川(たのはるがわ)は瀬の本(せのもと)高原に端を発します。そこから北阿蘇外輪山(きたあそがいりんざん)の北裾野、くじゅう連山の西麓(せいろく)、津江山地(つえさんち)の東麓に広がる流域の水を集め、小国盆地(おぐにぼんち)の中央で合流した後に杖立川として北流します(国土交通省「筑後川水系河川整備計画」)。
流域と地形
阿蘇外輪の北裾野、くじゅう連山の西麓、津江山地の東麓を流域とし、北里(きたさと)、田原(たわら)、志賀瀬(しがせ)、中原(なかはる)などの河川が盆地の中央に集まります。これらの支流は次々と合流しながら杖立川となり、北へと流れていきます。
盆地の北部、簗瀬(やなぜ)付近から谷は急峻(きゅうしゅん)となり、杖立温泉(つえたておんせん)を過ぎると川は西に向きを変え、峡谷(きょうこく)を形成します。その後、津江川との合流点に至り、合流点から約1.5km下流に昭和48年(1973)3月完成の松原ダム(重力式コンクリートダム、堤高83m)があります(国土交通省九州地方整備局「松原ダム」)。
川沿いには国道212号が走り、日田(大分県)と小国を結ぶ交通路となっています。両岸の山地は小国杉(おぐにすぎ)の美林に覆われており、川は深い谷を刻みながら流れています。宮原の下流側には高さ32mの田(はんだ)滝があります。
歴史
舟運と材木の輸送
江戸末期から明治初期にかけて、杖立川では日田(大分県)への舟運(しゅううん)が一時行われました。しかし、急峻な地形に加え、洪水による被害が相次いだため、舟による輸送は困難となり廃れました。
材木の一本流し(丸太を川に流して下流へ運ぶ方法)は舟運より長く続き、大正時代まで行われていたとされています。小国杉をはじめとする良材の産地として、河川を活用した木材輸送が地域の林業を支えていました。
筑後川の中下流域では、上流の日田木材を筏(いかだ)に組んで下流の大川へ運ぶ筏流しが江戸時代から昭和時代にかけて盛んに行われており、杖立川もその源流域として林業・水運の歴史に深く関わっています(国土交通省「筑後川水系河川整備基本方針」)。
松原ダムの建設
昭和28年(1953)6月に西日本を襲った梅雨前線による豪雨は、筑後川流域でも大洪水となり、死者147人を含む大災害をもたらしました。この災害を契機として昭和32年(1957)に筑後川水系治水基本計画が策定され、ダムによる洪水調節が計画されました。
松原ダムはその計画に基づき昭和33年(1958)に事業着手。杖立川と津江川の合流点付近に建設された重力式コンクリートダムで、洪水調節と発電(最大出力50,600kW)を目的とする多目的ダムとして昭和45年(1970)に完成しました(国土交通省九州地方整備局「松原ダム」)。なお、ダム建設にあたっては地元住民による反対運動(蜂の巣城(はちのすじょう)紛争)が展開され、13年余の長年月を経て湛水(たんすい)が開始されました。
杖立温泉との関わり
杖立川は、その流域に位置する杖立温泉(つえたておんせん)とともに地域の歴史を刻んできました。杖立温泉は1800年以上の開湯の歴史を持つとされ、古くから湯治場(とうじば)として親しまれてきました(小国町観光公式サイト)。温泉街は杖立川の両岸に旅館が林立する独特の景観を持ち、川を挟んで3つの橋がかかっています。
「杖立」という地名は、平安時代の初めに旅で訪れた弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)が持っていた竹の杖を立てたところ、節々から枝や葉が生えてきたことに由来するとも伝えられています(杖立温泉観光協会)。
毎年4月には杖立川の上空をおよそ3,500匹の鯉のぼりが泳ぐ「鯉のぼり祭り」が開催され、小国町の春の風物詩となっています。
よくある質問
Q. 杖立川はどの河川の一部ですか? A. 杖立川は一級水系・筑後川(ちくごがわ)の上流部にあたります。熊本県側では「杖立川」と呼ばれますが、建設省(現国土交通省)の管理上は筑後川の一部として扱われています。
Q. 杖立川の流路延長と流域面積はどれくらいですか? A. 流路延長は約11.0km、流域面積は約306平方kmです(角川日本地名大辞典「熊本県」)。
Q. 松原ダムはいつ完成しましたか? A. 松原ダムは昭和45年(1970)に完成し、昭和48年(1973)3月に管理移管が行われました。杖立川と津江川の合流点付近に位置する重力式コンクリートダムで、洪水調節と発電を目的とする多目的ダムです(国土交通省九州地方整備局)。
Q. かつて杖立川で行われていた材木の運搬方法とはどのようなものですか? A. 江戸末期から明治初期には舟運が行われ、大正時代まで丸太を川に流して下流へ運ぶ「一本流し」が続けられていました。小国杉などの良材を産出する山地と、日田・大川方面を結ぶ物流の一端を担っていました。
参考文献
- 角川日本地名大辞典編纂委員会「杖立川」(角川日本地名大辞典64 熊本県)
- 国土交通省九州地方整備局筑後川河川事務所「松原ダム」(https://www.qsr.mlit.go.jp/chikugo/gaiyou/hashichisui/chhikugo/matu.html)
- 国土交通省「筑後川水系河川整備基本方針」(2023年策定)
- 国土交通省九州地方整備局「筑後川水系河川整備計画」
- 水資源機構「筑後川について」(https://www.water.go.jp/chikugo/chikugo/about.html)
- 小国町観光公式サイト「杖立温泉」(https://www.town.kumamoto-oguni.lg.jp/kankojyoho/kanko_onsen/20285、2026年6月閲覧)
- 杖立温泉観光協会「杖立温泉について」(https://tsuetate-onsen.com/about-tsuetate)