概要
スイッチバック(switchback)とは、急な勾配を持つ区間で列車が前進と後退を繰り返しながら折り返し状に進むことで標高差を克服する鉄道の運転方式です。熊本県と大分県を結ぶ豊肥(ほうひ)本線では、阿蘇(あそ)カルデラの外輪山(がいりんざん)を越える立野(たての)駅から赤水(あかみず)駅の区間にこの仕組みが設けられており、進行方向を二度切り替える「三段式(さんだんしき)スイッチバック」として全国の鉄道ファンに知られています。
仕組みと諸元
豊肥本線は肥後大津(ひごおおづ)駅を過ぎると外輪山の切れ目にあたる立野駅に至り、ここから阿蘇カルデラ内へと分け入っていきます。瀬田(せた)駅(標高約170m)、立野駅(標高約277m)、赤水駅(標高約465m)の3駅間には、短い距離のなかで大きな標高差があります。最急勾配は33.3パーミル(‰)で、1,000m進むごとに33.3m上昇する急勾配にあたり、これは在来線としては九州有数の急勾配とされています。
立野駅は単に折り返すのではなく、逆Z型に二度方向を転換する三段式の構造を持ちます。列車は立野駅で一度停車したのち後方に向けて発車し、山の斜面を登った標高約306mの転向点で再び方向を変えて、赤水方面へと登っていきます。

歴史的経緯
開業(大正〜昭和初期)
立野駅は1916年(大正5年)11月11日、宮地(みやじ)軽便線(けいべんせん)の終着駅として開業しました。同線は1918年(大正7年)1月25日に立野駅から宮地駅間が延伸開業し、外輪山を克服するための区間としてスイッチバックが導入されたとされています。1928年(昭和3年)12月2日、宮地線と犬飼線(玉来駅)が接続して路線名が豊肥本線に改称され、熊本・大分間を結ぶ九州横断路線が完成しました。
平成28年(2016)熊本地震による被災
2016年(平成28年)の熊本地震により、立野駅からスイッチバック区間を含む肥後大津駅から阿蘇駅間の広範囲が土砂災害等の被害を受け、長期間にわたり不通となりました。立野駅では、被災前120mあったホームが崩落し、91mに短縮したかたちで再建されています。
令和2年(2020)の全線復旧
被災から4年余りを経た2020年(令和2年)8月8日、豊肥本線は全線で運転を再開し、スイッチバックを含む区間も復旧しました。
令和5年(2023)の駅舎改築
立野駅の新駅舎は2023年(令和5年)3月に完成し、待合スペースを備えた施設として整備されています。
他地域のスイッチバックとの比較
立野駅と同様の三段式スイッチバックを持つ駅は全国でも数少なく、JR西日本木次線(きすきせん)の出雲坂根(いずもさかね)駅から三井野原(みいのはら)駅間の区間が代表例として知られています。JR九州管内では、肥薩線(ひさつせん)の大畑(おこば)駅・真幸(まさき)駅もスイッチバック駅に数えられますが、大畑駅はループ線と組み合わさった構造である点で異なります。
現在の状況(2026年現在)
立野駅は豊肥本線と南阿蘇鉄道(みなみあそてつどう)高森線(たかもりせん)の接続駅で、クルーズトレイン「ななつ星in九州」を除くすべての特急・普通列車が停車します。スイッチバック構造ゆえに、阿蘇方面・熊本方面いずれの列車も必ず立野駅で進行方向を切り替えます。
よくある質問
Q. スイッチバックとは何ですか。
A. 急勾配を克服するため、列車が前進と後退を繰り返しながら折り返し状に線路を登り降りする鉄道の運転方式です。
Q. なぜ立野駅にスイッチバックがあるのですか。
A. 立野駅から赤水駅までの区間で標高差が約190mあり、当時の非力な蒸気機関車でも登れるよう、勾配を緩和する必要があったためです。
Q. 熊本地震の影響はどうなっていますか。
A. 2016年の熊本地震で不通となりましたが、2020年8月8日に全線で運転を再開しました。立野駅は2023年3月に新駅舎が完成しています。
関連項目
- 立野駅
- 豊肥本線
- 阿蘇カルデラ
- 南阿蘇鉄道
参考文献
- 「豊肥本線・立野駅のスイッチバック」ニッポン旅マガジン
- 「立野駅 (熊本県)」Wikipedia(2026年閲覧)
- 「復活の立野駅三段式スイッチバック 4年ぶり全線復旧をひかえた豊肥本線不通区間のいま」乗りものニュース、2020年7月18日
- 「祝! 4年ぶりに走る『豊肥本線』」GetNavi web、2020年
- 「熊本地震で被災した九州の鉄道事情ーー豊肥本線は1年前とどう変わったのか」GetNavi web