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文化・歴史

草部吉見神社

概要

草部吉見神社(くさかべよしみじんじゃ)は、熊本県阿蘇郡高森町草部(くさかべ)に鎮座する神社です。鳥居から石段を約130段下ったところに社殿がある「下り宮(くだりみや)」の形式をとり、鵜戸神宮(うどじんぐう、宮崎県日南市)、一之宮貫前神社(いちのみやぬきさきじんじゃ、群馬県富岡市)とともに「日本三大下り宮」の一社に数えられています。祭神は日子八井命(ひこやいのみこと)で、社伝では阿蘇谷開拓に関わった神とされています。

由来・起源

社伝によれば、祭神の日子八井命は『古事記』に記される神武天皇の皇子で、彦八井耳命(ひこやいみみのみこと)とも表記されます。阿蘇地方では国龍神(くにたつのかみ)・草部吉見神(くさかべよしみのかみ)とも呼ばれています。

伝承では、神武天皇の東征に際して高千穂から五ヶ瀬川沿いにこの地に至り、池に棲んでいた大蛇を退治して宮居(みやい)を定めた地とされます。『日本書紀』には記載のない皇子であり、この由来は社伝の域を出ないものですが、高森町の郷土史料でも「旧記によれば神武天皇の第一皇子彦八井命(草部吉見神社の祭神)が、天皇御東遷後の治安に任ぜられたところといわれ、吉見の地に宮居を定めた」と伝えられています(『角川日本地名大辞典』熊本県、熊本県公式サイト掲載)。

境内には御塩井(みしおい)と呼ばれる湧水があり、社名の「吉見」は「吉(よ)い水」に由来するという説が有力です。日子八井命は水を自在に操る力を持つ神とされることから、この霊水そのものが本来の祭祀の対象で、その水源に社を建てたために下り宮の形になったとも考えられています。ただし、これらはいずれも確定した学説ではなく、一つの解釈として伝えられているものです。

社殿の裏手には、幹回り約7.7m、樹高40mを超す御神木の大杉がそびえ、古社としての歴史を物語っています。神社の東側、徒歩数分の場所には日子八井命の陵(みささぎ)と伝えられる草部吉見山陵(くさかべよしみさんりょう)があり、杉の古木に囲まれています。

歴史的経緯

古代・中世

草部の地は、古くは「知保郷(ちほごう)」の一部であったと伝えられます。中世を通じて阿蘇家(あそけ)の所領であり、阿蘇大宮司家の勢力圏の中に位置していました(『角川日本地名大辞典』熊本県)。

明治期に編纂された郷土史料によれば、当地はもと「草ケ矢村(くさがやむら)」と称していましたが、村の呼称としてはなはだ意義に乏しいという理由で、明治27年(1894)1月12日に「草部村」と改称されたと伝えられます。この「草部」の名は、由緒ある本村の地域が草部吉見神社の「草部」と、隣接する矢津田(やつだ)の「矢」を組み合わせたものとされています。

近世(江戸時代)

現在に伝わる下り宮の社殿は、戦国時代の弘治(こうじ)3年(1556)、土地の豪族であった甲斐親成(かい ちかなり)によって造営されたと伝えられます。江戸時代の明和(めいわ)9年(1772)には、里人らによって社殿が補修されたことが棟札(むなふだ)から確認できます。旧藩時代、高森一帯は肥後藩の高森手永(たかもりてなが)に属し、阿蘇郡代の管轄下に置かれていました。

近代以降

近代以降も社殿の維持修理が重ねられ、近年では昭和51年(1976)に大規模な改修が行われました。明治22年(1889)の町村制施行に際しては、草部村など7か村が合併してそのまま草部村となり、昭和30年(1955)の町村合併により高森町色見村とともに現在の高森町の一部となっています。

現在の状況

草部吉見神社では、7月31日に『夏季大祭』、10月17日に『秋季大祭』が執り行われています。夏季大祭では神輿(みこし)が地引原(じびきばる)の御仮屋(おかりや)まで渡御(とぎょ)し、秋季大祭では社殿横の広場で「大神御手相撲(おおがみおてずもう)」と呼ばれる神事相撲が奉納されます。両日とも社殿前の神楽殿では、岩戸系の神楽である「草部吉見神楽」33座が奉納されます。

夏季大祭の神輿行列では、一般的な神社で先導役を務める猿田彦(さるたひこ)ではなく、白装束をまとった旧家・木本家(きもとけ)の人物が先頭を歩きます。これは、日子八井命が草部の地に入った際、道案内の役を木本家の先祖が務めたという伝承に基づくものとされています。

アクセス・参拝情報

  • 所在地:熊本県阿蘇郡高森町草部2175
  • アクセス南阿蘇鉄道高森駅からタクシーで約20分。神社の近くを通る国道325号は、阿蘇(阿蘇神社)と高千穂(高千穂神社)を結ぶ幹線道路にあたります。

よくある質問

Q. 草部吉見神社(くさかべよしみじんじゃ)の祭神は誰ですか? A. 日子八井命(ひこやいのみこと)です。『古事記』では神武天皇の皇子とされ、阿蘇では国龍神(くにたつのかみ)・草部吉見神(くさかべよしみのかみ)とも呼ばれています。

Q. なぜ「下り宮(くだりみや)」と呼ばれるのですか? A. 一般的な神社が石段や坂を登った先に社殿があるのに対し、草部吉見神社は鳥居から石段を約130段下った先に社殿があるためです。日本三大下り宮の一つに数えられています。

Q. 夏季大祭・秋季大祭はいつ行われますか? A. 夏季大祭は7月31日、秋季大祭は10月17日です。両日とも「草部吉見神楽」33座が奉納されます。

関連項目

参考文献

  • 『角川日本地名大辞典 43 熊本県』(角川書店)「高森町」「草部村」の項(熊本県公式サイト掲載資料より)
  • ニッポン旅マガジン「草部吉見神社」(プレスマンユニオン編集部、2023年7月14日)
  • 熊本県公式サイト

地図

更新日: 2015-04-22 (水) 00:00:00 (4166d)