概要
松本不二子(まつもとふじこ)歌碑は、熊本県阿蘇市の草千里ヶ浜(くさせんりがはま)にある歌碑です。歌人・松本不二子が昭和25年(1950)の宮中歌会始(きゅうちゅううたかいはじめ)で入選した一首を刻んでおり、昭和41年(1966)春に当時の阿蘇町(現・阿蘇市)によって建立されました。刻まれている歌は「阿蘇が峰の千里が浜の朝明けの若草原は海の如しも」です。
松本不二子について
松本不二子は、熊本県葦北郡(あしきたぐん)津奈木町(つなぎまち)出身の歌人です。地元・津奈木町で病院を営む家の夫人であったと伝えられています(広報あそ2007年6月号「阿蘇の文学碑めぐり③」)。昭和25年(1950)の歌会始入選時点で64歳であったとの記録があり、生年は明治10年代後半(1886年前後)と推定されます。昭和34年(1959)、72歳で死去したと伝えられていますが、没年齢と入選時年齢の間には数え年・満年齢の違いによるとみられる1年程度のずれがあり、正確な生没年については一次資料による確認が望まれます。
夫の松本敞(まつもとしょう)も歌会始に入選しており、熊本県では夫婦そろっての歌会始入選は二例目の出来事であったと伝えられています。ただし、この点を裏づける一次資料は現時点では確認できていません。
歌会始入選
昭和25年(1950)の宮中歌会始のお題は「若草」でした。松本不二子はこのお題に応じて次の歌を詠進し、入選しました(宮内庁公式サイト「昭和25年歌会始お題『若草』」)。
《阿蘇が峰(ね)の千里(せんり)が浜の朝明けの若草原は海の如しも》
草千里ヶ浜の広大な草原が、夜明けの光の中でまるで海のように見えるさまを詠んだ歌です。当時、松本不二子は熊本県葦北郡津奈木町在住であり、遠く離れた阿蘇の草千里ヶ浜を歌に詠んだことになります。
歌碑の建立
歌碑は昭和41年(1966)春、当時の阿蘇町(現・阿蘇市)によって草千里ヶ浜に建立されました。建立にあたっては、松本不二子の地元である津奈木町ではなく、歌に詠まれた草千里ヶ浜に建ててこそ歌が生きるという判断がなされたと伝えられています。一方で、碑石そのものには地元・津奈木町を流れる川の石が用いられており、歌人の出身地とのゆかりも残されています(広報あそ2007年6月号「阿蘇の文学碑めぐり③」)。
現在の状況
歌碑は現在も草千里ヶ浜に所在し、阿蘇市が観光資源・文学碑として公式に紹介しています(2026年8月時点、阿蘇市公式サイト「文学碑・記念碑」)。草千里ヶ浜には松本不二子歌碑のほか、高浜虚子の句碑など複数の文学碑があり、周辺は文学碑めぐりの観光ルートの一つともなっています。
よくある質問
Q. 松本不二子はどこの出身ですか? A. 熊本県葦北郡津奈木町の出身です。津奈木町で病院を営む家の夫人であったと伝えられています。
Q. 歌碑に刻まれている歌はいつ詠まれたものですか? A. 昭和25年(1950)の宮中歌会始のお題「若草」に応じて詠進され、入選した歌です。
Q. 歌碑はいつ建てられましたか? A. 昭和41年(1966)春、当時の阿蘇町(現・阿蘇市)によって建立されました。
関連項目
参考文献
- 宮内庁公式サイト「昭和25年歌会始お題『若草』」(2026年8月閲覧)
- 阿蘇市公式サイト「文学碑・記念碑」(2026年8月閲覧)
- 広報あそ2007年6月号「シリーズ阿蘇の文学碑めぐり③」(阿蘇市発行)
歌碑
カテゴリ : 文化・歴史
