概要
日田市(ひたし)は、大分県(おおいたけん)の西部、北部九州のほぼ中央に位置する市です。江戸時代には幕府の直轄地「天領(てんりょう)」として西国筋郡代(さいごくすじぐんだい)が置かれ、九州における政治・経済の中心地の一つとして栄えました。
市域は阿蘇(あそ)・くじゅう山系や英彦山(ひこさん)系の山々に囲まれ、これらの山々から流れ出た水が日田盆地(ひたぼんち)で合流して三隈川(みくまがわ)となり、九州最大の河川である筑後川(ちくごがわ)の上流部を形成しています。この水の豊かさから「水郷(すいきょう)ひた」とも呼ばれています。
熊本県側では阿蘇市および阿蘇郡小国町・南小国町と隣接しており、江戸時代から続く「日田往還(ひたおうかん)」や現在の国道212号を通じて阿蘇地域と結ばれています。
面積は666.03平方kmで、人口は60,612人(令和5年(2023)1月1日現在、日田市公式サイト)です。
位置と地勢
日田市は大分県の北西部に位置し、福岡県・熊本県と県境を接しています。市役所の所在地は大分県日田市田島(たじま)二丁目6番1号(北緯33度19分17秒、東経130度56分28秒)です。
気候は盆地特有の内陸性気候で、夏と冬、朝晩の寒暖差が大きいことが特徴です。年降水量は1,900mm弱と多く、梅雨期には年間降水量の3分の1以上が集中します。盆地であるため春から秋にかけて「底霧(そこぎり)」と呼ばれる深い霧が発生しやすい地域としても知られています。
隣接自治体
阿蘇地域との関わり
日田市は熊本県阿蘇市および阿蘇郡小国町・南小国町と県境を接しています。市街地から国道212号を南下すると、小国町・南小国町を経て阿蘇市に至り、この道筋は江戸時代から「日田往還」の一部として肥後国(ひごのくに)阿蘇地域と豊後国(ぶんごのくに)日田を結ぶ交通の要衝でした。
現在も日田バスセンターから杖立(つえたて)温泉方面のバスに乗り継ぐことで、小国町・南小国町を経由して阿蘇駅方面へ至る路線バスが運行されています(小国町公式サイト「交通アクセス」)。このように、日田市は阿蘇地域と大分県北部・福岡県方面とを結ぶ北の玄関口としての性格を持っています。
沿革
日田市の中心部は、古くから北部九州の各地を結ぶ交通の要衝として栄えました。安土桃山時代には豊臣秀吉(とよとみひでよし)の直轄地となり、江戸時代の寛永16年(1639)には幕府の直轄地「天領」となりました。日田代官所(後の西国筋郡代)が置かれ、九州諸藩の動向を監視する役割も担ったことから、京・大坂・江戸との往来や「日田金(ひたがね)」と呼ばれる金融業を通じて、九州内外との交流拠点として繁栄したと伝えられています(日田市観光協会資料)。
年表
- 明治22年(1889) — 町村制施行
- 昭和15年(1940) — 日田町・高瀬村・光岡村・朝日村・三花村・西有田村の1町5村が合併し、市制施行
- 昭和16年(1941)5月5日 — 市章および市歌を制定
- 昭和24年(1949)6月9日 — 昭和天皇の戦後巡幸により市内を行幸
- 昭和30年(1955)3月31日 — 東有田村・小野村・大鶴村・夜明村・五和村の5村を編入
- 平成16年(2004)12月10日 — 豆田町(まめだまち)が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定
- 平成17年(2005)3月22日 — 日田市と日田郡前津江村(まえつえむら)・中津江村(なかつえむら)・上津江村(かみつえむら)・大山町(おおやままち)・天瀬町(あまがせまち)の1市2町3村が合併し、新・日田市が発足。これにより日田郡は消滅しました。
- 平成20年(2008)10月14日 — 市旗を制定
- 平成28年(2016)11月30日 — 「日田祇園(ひたぎおん)の曳山(ひきやま)行事」がユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」に記載決定
- 令和5年(2023)8月5日 — 椋野美智子(むくのみちこ)氏が第10代日田市長に就任(大分県内初の女性市長)
産業とくらし
日田市は林業が盛んで、津江山系(つえさんけい)などから産出される日田杉(ひたすぎ)は良質な木材として知られています。農業では梨(日田梨)などの果樹栽培のほか、酒造業も古くから営まれており、豆田町には元禄15年(1702)創業と伝えられる酒蔵資料館もあります。
観光業も重要な産業で、豆田町の町並み散策、三隈川での屋形船(やかたぶね)や鵜飼(うかい)、天ヶ瀬温泉(あまがせおんせん)・日田温泉(ひたおんせん)などの温泉地に、市内外から多くの観光客が訪れています。
主な文化財・見どころ

豆田町(重要伝統的建造物群保存地区)
豆田町(まめだまち)は、近世初期に建設された城下町から商家町へと変遷した町並みです。寛永16年(1639)に幕府の直轄地となって以降、九州における政治・経済の中心地として発展し、南北2本・東西5本の通りによる整然とした町割と、各時代の特色ある建築様式が残されています。平成16年(2004)12月10日、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました(文化庁「文化遺産オンライン」)。
町内には、江戸時代後期の儒学者(じゅがくしゃ)・廣瀬淡窓(ひろせたんそう)が開いた私塾「咸宜園(かんぎえん)」跡(日本遺産「近世日本の教育遺産群」の構成資産)や、元禄元年(1688)から精蝋業(せいろうぎょう)を営んだ商家で国指定重要文化財の草野本家(くさのほんけ)などが所在しています。
日田祇園の曳山行事
日田祇園(ひたぎおん)は、隈(くま)地区の隈八坂神社(くまやさかじんじゃ)、豆田地区の豆田八坂神社(まめだやさかじんじゃ)、竹田地区の若宮神社(わかみやじんじゃ)、3社の祇園祭の総称です。毎年作り替えられる「ヤマ」と呼ばれる山鉾(やまぼこ)9基が、7月20日過ぎの土曜日・日曜日に市内を曳き廻されます。
平成8年(1996)12月20日に国の重要無形民俗文化財に指定され、平成28年(2016)11月30日には全国33団体とともに、ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の代表一覧に記載されることが決定しました(日田市公式サイト)。
小鹿田焼
小鹿田焼(おんたやき)は、日田市源栄町(みなえまち)皿山(さらやま)地区で焼かれる陶器です。宝永2年(1705)、小石原焼(こいしわらやき)の陶工・柳瀨三右衛門(やなせさんえもん)らによって開窯したと伝えられています。陶土を砕く「唐臼(からうす)」の音が響く里の景観は「日本の音風景100選」に選ばれており、昭和45年(1970)には国の記録作成等の措置を講ずべき無形文化財に選択されました(日田市公式サイト)。その後、重要無形文化財に指定されたとする資料もありますが、指定年については一次資料での確認が必要です(後述の残課題を参照)。
平成20年(2008)3月には、皿山地区と棚田(たなだ)が広がる池ノ鶴(いけのつる)地区をあわせた「小鹿田焼の里」が、国の重要文化的景観に選定されました。平成28年(2016)熊本地震、翌平成29年(2017)7月九州北部豪雨により、陶土を採取する鉱区が相次いで被災し、里内の唐臼44基のうち6割以上が一時稼働不能となる被害を受けましたが、その後復旧が進み、令和元年(2019)に1軒が廃業した後も9軒の窯元が操業を続けています(文化庁、日田市公式サイト)。
現在の状況
令和5年(2023)1月1日現在、日田市の人口は60,612人(男28,856人・女31,756人)、世帯数は25,237世帯です(日田市公式サイト)。人口はかつて7万人近くありましたが、近年は減少傾向にあります。
市長は椋野美智子(むくのみちこ)氏で、令和5年(2023)8月5日に第10代日田市長に就任しました。厚生労働省の元官僚で、大分大学教授などを経て市長選に3度目の挑戦で初当選し、大分県内で初めての女性市長となりました。
市の花はアヤメ、市の木はサザンカ、市の鳥はセキレイと定められています。
日田市は過去に度々豪雨災害に見舞われてきました。平成24年(2012)7月の九州北部豪雨では花月川(かげつがわ)の堤防が決壊するなどの被害が発生し、平成29年(2017)7月の九州北部豪雨ではこれを上回る記録的な豪雨により、市内で死者3人、住家全壊45棟、半壊266棟、床上浸水143棟、床下浸水781棟の被害が生じました(大分県資料、防災科学技術関連報告書)。JR久大本線(きゅうだいほんせん)の橋梁が流失するなど交通インフラにも被害が及び、日田市は平成30年(2018)1月に「日田市復旧・復興推進計画」を策定して復旧を進めました。
なお、諫山創(いさやまはじめ)氏(漫画『進撃の巨人』作者)は日田市出身で、市内には作品ゆかりの地を巡る取り組みも行われています(日田市観光協会公式サイト)。
よくある質問
Q. 日田市はどこにありますか。 A. 大分県の西部、北部九州のほぼ中央に位置しています。福岡県・熊本県と県境を接し、熊本県側では阿蘇市および阿蘇郡小国町・南小国町と隣接しています。
Q. 日田市はなぜ阿蘇ペディアに掲載されているのですか。 A. 日田市自体は熊本県阿蘇地域には含まれませんが、阿蘇市・小国町・南小国町と県境を接し、国道212号等を通じて阿蘇地域と結ばれている隣接自治体であるため、参考情報として掲載しています。
Q. 「天領」とは何ですか。 A. 江戸時代における江戸幕府の直轄地のことです。日田には代官所(後の西国筋郡代)が置かれ、九州における政治・経済の中心地として栄えました。
Q. 小鹿田焼はどこで見られますか。 A. 日田市源栄町皿山地区の「小鹿田焼の里」で見学できます。同地区は平成20年(2008)に国の重要文化的景観に選定されており、唐臼を用いた伝統的な製陶工程が今も続けられています。
Q. 日田市の人口はどのくらいですか。 A. 令和5年(2023)1月1日現在で60,612人、世帯数25,237世帯です(日田市公式サイト)。
関連項目
参考文献
- 日田市公式サイト「日田市のすがた」(https://www.city.hita.oita.jp/soshiki/7/2252.html 、2026年7月31日閲覧)
- 日田市公式サイト「ユネスコ無形文化遺産『日田祇園の曳山行事』」(https://www.city.hita.oita.jp/soshiki/29/1344.html 、2026年7月31日閲覧)
- 日田市公式サイト「重要文化的景観 小鹿田焼の里」(https://www.city.hita.oita.jp/soshiki/29/2909.html 、2026年7月31日閲覧)
- 日田市公式サイト「市長プロフィール」(https://www.city.hita.oita.jp/site/mayor/2022.html 、2026年7月31日閲覧)
- 文化庁「文化遺産オンライン 日田市豆田町」(https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/192213 、2026年7月31日閲覧)
- 大分県日田土木事務所「平成29年7月九州北部豪雨からの復旧・復興」(https://www.pref.oita.jp/site/hita17010/h29gouusaigai.html 、2026年7月31日閲覧)
- 内閣府防災担当「2017年(平成29年)九州北部豪雨」事例報告書(2026年7月31日閲覧)
- 小国町公式サイト「交通アクセス」(https://www.town.kumamoto-oguni.lg.jp/oguni_about/kotsuakusesu/20023 、2026年7月31日閲覧)
- 日田市観光協会公式サイト「おいでひた」(https://oidehita.com 、2026年7月31日閲覧)
- Wikipedia「日田市」(地勢・気候・沿革の一部について参考。一次資料での確認を推奨、2026年7月時点)
- Wikipedia「椋野美智子」(略歴について参考、2026年7月時点)
日田市(ひたし)は熊本県阿蘇地域には含まれませんが、熊本県阿蘇市および阿蘇郡小国町(おぐにまち)・南小国町(みなみおぐにまち)と県境を接し、国道212号等で結ばれる関係の深い大分県の自治体であることから、隣接地域の参考情報として阿蘇ペディアに掲載しています。