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文化・歴史

延喜式

概要

延喜式(えんぎしき)とは、平安時代中期に編纂(へんさん)された律令(りつりょう)の施行細則を集大成した古代法典であり、延長(えんちょう)5年(927)に完成した全50巻・約3,300条からなる法令集です。三代格式(さんだいきゃくしき)のうち、ほぼ完全な形で現在に伝わっている唯一の文献であり、日本古代史研究に不可欠の一次史料とされています(コトバンク「延喜式」、小学館『日本大百科全書』)。

阿蘇との関係においては、巻9・10の「神名帳(じんみょうちょう)」に阿蘇郡の式内社(しきないしゃ)が記録されており、阿蘇神社の前身にあたる「健磐竜命(たけいわたつのみこと)神社」が名神大社(みょうじんたいしゃ)として列せられています。また、阿蘇郡内に官牧(かんぼく)の存在を示す記述があることから、少なくとも千年以上前から阿蘇の人々が草原を維持・利用してきた証拠として現代でも高く評価されています(阿蘇グリーンストック『阿蘇の草原ハンドブック』)。

延喜式(九条家本)1185年以前の写本。作者不明。 出典:東京国立博物館(TNM)/ウィキメディア・コモンズ、パブリックドメイン
延喜式(九条家本)1185年以前の写本。作者不明。
出典:東京国立博物館(TNM)/ウィキメディア・コモンズ、パブリックドメイン

編纂の経緯

編纂命令と完成まで

延喜5年(905)8月、醍醐天皇(だいごてんのう)の命により左大臣藤原時平(ふじわらのときひら)らが編纂を開始しました。作業の途上で時平が没すると(延喜9年・909)、その後は右大臣藤原忠平(ふじわらのただひら)が主導し、延長5年(927)12月に完成・撰進(せんしん)されました。完成後も修訂作業が続けられ、康保(こうほう)4年(967)にようやく正式に施行されました(コトバンク「延喜式」、山川出版社『日本史小辞典』)。

編纂の背景には、先行する『弘仁式(こうにんしき)』(弘仁11年・820成立)・『貞観式(じょうがんしき)』(貞観13年・871成立)の集大成という目的がありました。施行までの40年という長い期間は、この事業が緊急の立法措置というよりも、当時の律令文化を後世に記録する文化・学術事業としての性格を強く持っていたことを示しています(コトバンク「延喜式」、平凡社『改訂新版 世界大百科事典』)。

構成

全50巻は律令官制(りつりょうかんせい)の順序に従って編成されています。

主な内容
巻1〜10 神祇官(じんぎかん)関係の式(神名帳を含む)
巻11〜40 太政官八省関係の式
巻41〜49 その他の官司関係の式
巻50 雑式(ざっしき)

なかでも巻9・10「神名帳」は現在「延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)」として独立した研究対象となっており、全国2,861社・3,132座の神々が記録されています(Wikipedia「延喜式」)。


延喜式神名帳と阿蘇

式内社とは

延喜式神名帳に掲載された神社を「式内社(しきないしゃ)」または「式社(しきしゃ)」といい、平安時代初期の朝廷が官社(かんしゃ)として公認した神社の一覧です。国・郡別に神社が列挙され、「大社・小社の別」「名神(みょうじん)の有無」「幣帛(へいはく)を受ける祭祀の別」が明記されています。ただし祭神の名前や由緒については記載がなく、あくまで官社認定の台帳としての性格を持っています(Wikipedia「延喜式神名帳」)。

式外社(しきげしゃ)とは、神名帳に記載がなかった神社のことであり、当時の朝廷の支配が十分に及んでいなかった地域の神社や、独自の勢力を持った社が含まれます。

肥後国の記載

『延喜式』神名帳における肥後国(ひごのくに)の式内社は、4座4社が記録されています。阿蘇郡には3座が集中しており、その内訳は以下のとおりです(Wikipedia「肥後国の式内社一覧」)。

社名(神名帳表記) 読み 比定社
健磐竜命(たけいわたつのみこと)神社 タケイハタツノ神社 名神大社 阿蘇神社(熊本県阿蘇市一の宮町宮地)
阿蘇比咩(あそひめ)神社 アソ神社 小社 阿蘇神社(合祀)
国造神社(くにつくりじんじゃ) クニツクリ神社 小社 国造神社(熊本県阿蘇市一の宮町手野(ての))

このうち「健磐竜命神社」は、肥後国唯一の名神大社として格付けされており、全国的にも高い社格が付与されていました。現在の阿蘇神社の前身とみられ、全国に約500社ある阿蘇神社の総本社にあたります(阿蘇神社公式サイト)。

名神大社とは、天下に広く知られた霊験著しい神社に与えられる格で、延喜式では全国226社が選定されています。肥後国において唯一その称号を付与されたことは、平安時代の朝廷が阿蘇の神をいかに重要視していたかを示す証拠として重要です。

阿蘇神社の歴史的背景との関連

阿蘇神社の創建については、社記によれば孝霊(こうれい)天皇9年(紀元前282年、伝承)と伝えられています。平安時代になると阿蘇の火山活動は朝廷の重大関心事となり、『日本後紀(にほんこうき)』延暦(えんりゃく)15年(796)条には神霊池(しんれいいけ)の枯渇に朝廷が対応した記録が見えます。

延喜式神名帳への記載は、こうした古代からの国家的関係の延長として位置づけられます。名神大社の認定は、阿蘇神社が単なる地域の鎮守ではなく、朝廷の祈祷と国家的祭祀の対象となっていたことを示す証左です。


延喜式と阿蘇の草原・牧制度

延喜式が阿蘇にとってもう一つ重要な意味を持つのは、阿蘇郡内の官牧(かんぼく)の記録です。

延喜式の兵部省(ひょうぶしょう)に関連する巻には、肥後国に「二重馬牧(ふたえのうままき)」「波良馬牧(はらのうままき)」という官牧が存在したことが記されています。これらは阿蘇郡内と推定されており、その記述には《肥後の国の二重牧の馬は、他の群より優れた馬があれば都に献上し、他は大宰府の兵馬及び肥後国その他の国の駅馬(えきば)として常備するように》という意訳の内容が含まれています(阿蘇グリーンストック『阿蘇の草原ハンドブック』)。

この記録が示すことは大きく二点あります。第一に、平安時代初期において阿蘇は中央政権に認知された馬の産地であり、優れた馬を生産する牧が運営されていたこと。第二に、そのような牧を維持するためには草原の定期的な管理(放牧採草・焼き入れ)が不可欠であり、少なくとも千年以上前には現在の野焼き(のやき)に類する草原管理が行われていたと推定されることです。

「阿蘇の草原は千年の草原」という表現は、この延喜式の記述を根拠として使われています。現在の野焼きを中心とした草原管理の文化は、こうした一千年以上前の土地利用の継承として理解されています(阿蘇グリーンストック『阿蘇の草原ハンドブック』)。


史料としての価値と現代への継承

延喜式は、三代格式(弘仁・貞観・延喜)のうち唯一ほぼ完全に現存する文献です。各条文は8〜9世紀のそれぞれの時点で成立した単行法を集成したものであるため、利用に際しては各条文の成立時点の違いに注意が必要とされています(コトバンク「延喜式」)。

現在、延喜式の写本として最も有名なのは九條家本(くじょうけぼん)(東京国立博物館蔵、国宝)です。本文の刊本としては、現行では『新訂増補国史大系(しんていぞうほこくしたいけい)』所収のものが標準的な研究テキストとされており、国立公文書館デジタルアーカイブ等でも原文画像の閲覧が可能です。

阿蘇地域にとって、延喜式はただの古い法典ではなく、地域の神社が千年以上前から国家的に重視されてきたことを証明する文書であり、草原管理が古代から続く人間と自然の共生の産物であることを裏づける重要な史料です。


よくある質問

Q. 延喜式はいつ、だれが作ったのですか? A. 延喜5年(905)に醍醐天皇の命で藤原時平(ふじわらのときひら)らが編纂を開始し、延長5年(927)に藤原忠平(ふじわらのただひら)らが完成させました。その後修訂が加えられ、康保4年(967)に施行されました(コトバンク「延喜式」)。

Q. 延喜式神名帳に記載された神社のことを何といいますか? A. 「式内社(しきないしゃ)」または「式社(しきしゃ)」と呼びます。全国で2,861社・3,132座が記録されており、一種の社格となっています(Wikipedia「延喜式神名帳」)。

Q. 阿蘇神社は延喜式神名帳にどう記載されていますか? A. 「健磐竜命(たけいわたつのみこと)神社」という社名で、肥後国唯一の名神大社(みょうじんたいしゃ)として記載されています。現在の阿蘇神社の前身にあたります(Wikipedia「肥後国の式内社一覧」)。

Q. 延喜式と阿蘇の草原はどう関係しますか? A. 延喜式に阿蘇郡内の「二重馬牧(ふたえのうままき)」「波良馬牧(はらのうままき)」という官牧の記録があり、当時すでに草原を利用した馬の生産が行われていたことが分かります。これが「阿蘇の草原は千年の草原」という表現の文献的根拠のひとつです(阿蘇グリーンストック『阿蘇の草原ハンドブック』)。

Q. 現在、延喜式の原文を読むことはできますか? A. 国立公文書館デジタルアーカイブ(https://www.digital.archives.go.jp)で原文画像の一部が閲覧可能です。研究テキストとしては『新訂増補国史大系』所収本が標準的です。


関連項目


参考文献

  • コトバンク「延喜式」(小学館『日本大百科全書』・山川出版社『日本史小辞典』・平凡社『改訂新版 世界大百科事典』)
  • Wikipedia「延喜式」「延喜式神名帳」「肥後国の式内社一覧」
  • 阿蘇グリーンストック『阿蘇の草原ハンドブック』(草原の利用の歴史・延喜式の牧に関する記述)
  • 阿蘇神社公式サイト https://asojinja.or.jp
  • 国立公文書館デジタルアーカイブ https://www.digital.archives.go.jp
更新日: 2026-06-10 (水) 06:17:24 (0d)