概要
風呂(ふろ)とは、湯に身体を浸けて温まり、身体を清めるための設備およびその行為をいいます。阿蘇地域では、上水道と給湯設備が普及する以前、各戸が土間や屋外の一角に風呂釜(ふろがま)を据え、薪(まき)を燃やして湯を沸かしていました。『くらしのあゆみ 阿蘇 -阿蘇市伝統文化資料集-』には、阿蘇で使われた風呂として石風呂(いしぶろ)・桶風呂(おけぶろ)・五右衛門風呂(ごえもんぶろ)・ドラム缶(かん)風呂(ぶろ)の四種が記録されています。いずれも下から直火で沸かす直焚(じかだ)き式の風呂です。
水と薪 ― 風呂を沸かすまで
かつての風呂は、水を運ぶところから始まる仕事でした。水道が引かれるまで、浴槽に張る水は井戸(いど)や湧水(ゆうすい)、近くの川から桶で汲んで運ぶ必要がありました。風呂釜が小さく作られていたのは、鉄が高価だったことに加え、水を運ぶ労力を抑える必要があったためとされています。
全国の水道普及率は、昭和40年(1965)で69.4パーセントでした。昭和50年(1975)には87.6パーセントに達しています(厚生労働省資料)。熊本県の普及率はこれを下回って推移し、平成24年度(2012)で86.6パーセント、同年の全国平均は97.8パーセントでした(熊本県『水道普及率の推移』)。熊本県では上水道の給水量の約8割を地下水がまかなっており、井戸水や湧水が得やすい土地柄が、水道整備の緩やかさと結びついていたと説明されています。
燃料には薪が用いられました。斧(おの)で割った割り木のほか、杉の葉や柴、木屑なども焚(た)きつけに使われます。草原と山林に囲まれた阿蘇では、燃料の確保は屋敷まわりの日常作業の一部でした。
阿蘇で使われた風呂の種類
石風呂(いしぶろ)
石を風呂釜の形にくりぬいて浴槽とし、下部の側面に焚き口(たきぐち)を設けた形式です。石は熱が伝わるまでに時間がかかる一方、いったん温まると冷めにくい性質があります。
なお、瀬戸内地方などでは、岩窟(がんくつ)を利用した蒸し風呂を「石風呂」と呼ぶ例が知られています。『くらしのあゆみ 阿蘇』に記録された石風呂は、これとは異なり、湯を沸かして浸かる浴槽形式のものを指しています。
桶風呂(おけぶろ)
木の板を組んで作った浴槽です。斧で薪を小さく割って燃やし、湯を沸かします。木製のため熱が伝わりにくく肌当たりが柔らかい反面、乾燥や腐食による水漏れが起きやすく、手入れを要しました。
五右衛門風呂(ごえもんぶろ)
浴槽全体が鉄で造られた風呂です。下から火を燃やして沸かすため、釜底に直接足を触れないよう、木の板を浮かべて踏み沈めながら入浴します。この板を、阿蘇では「すいた」と呼びました。
名称は、安土桃山時代の盗賊・石川五右衛門(いしかわごえもん)が釜茹(かまゆ)での刑に処されたという俗説にちなむと説明されています。厳密には、鋳鉄(ちゅうてつ)製の底部の上に木桶を据えたものを五右衛門風呂、浴槽全体が鋳鉄製のものを長州(ちょうしゅう)風呂と呼び分けます。後者のほうが熱効率がよく普及したため、現在では鉄製の直焚き風呂を総称して五右衛門風呂と呼ぶのが一般的です(キッチン・バス工業会)。阿蘇で「全体が鉄で造られている」と記録されている風呂は、この分類でいえば長州風呂にあたります。
ドラム缶(かん)風呂(ぶろ)
金属製のドラム缶を浴槽に転用したものです。五右衛門風呂と同じく下から直火で沸かし、缶底が高温になるため板やすのこを沈めて入浴します。入手しやすい材料で仕立てられる簡便さから、常設の風呂としてだけでなく、野外や仮設の入浴設備としても用いられました。
入浴の習慣
薪と水を要する風呂は、毎日沸かすものではありませんでした。一度沸かした湯は家族が順に使い、洗濯や打ち水に再利用されることもありました。近隣の家の風呂を借りる「もらい湯」の慣行も、内風呂が普及する以前の各地でみられたものです。
内風呂から給湯設備へ
昭和30年代以降、上水道の整備と住宅設備の近代化が進むにつれ、直焚き式の風呂は急速に姿を消していきました。現在の一般的な住宅では、ガスや電気による給湯設備と樹脂製の浴槽が主流です。
一方で、五右衛門風呂は現在も製造が続いており、阿蘇地域の宿泊施設や農家民泊などで体験できる場合があります(2026年9月現在)。温泉地としての阿蘇の入浴文化については、別項を参照してください。
よくある質問
Q. 五右衛門風呂に入るとき、なぜ板を踏み沈めるのですか? A. 浴槽の底が直接火に当たって高温になるためです。阿蘇では、この板を「すいた」と呼びました。
Q. 五右衛門風呂と長州風呂はどう違いますか? A. 鋳鉄製の底部に木桶を組み合わせたものが五右衛門風呂、浴槽全体が鋳鉄製のものが長州風呂です。現在は後者も含めて五右衛門風呂と呼ばれるのが一般的です(キッチン・バス工業会)。
Q. 阿蘇の家庭に水道が引かれたのはいつ頃ですか? A. 全国の水道普及率が7割を超えたのは昭和40年(1965)前後です。熊本県の普及率は全国平均を下回って推移しており、集落ごとの通水時期には差があります。
関連項目
- 昔の食事
- 農具
- 井戸
- 薪
- 湧水