一の宮(いちのみや)は、熊本県阿蘇市の南西部に位置する地区で、現在の阿蘇市一の宮町域にあたります。 肥後国一の宮(ひごのくにいちのみや)として古代から崇敬を集めてきた の門前町(もんぜんまち)として発展した地域であり、 地名もこの社格に由来しています。 阿蘇市の行政・文化の中心地で、市役所(標高約522.8m)が宮地(みやじ)地区に置かれています。
位置と地勢
阿蘇カルデラの北西部、の北麓に開ける阿蘇谷の西寄りに位置します。 標高は宮地地区中心部でおよそ520〜530mで、周囲をに囲まれた 阿蘇谷の典型的な火山性台地上に成立しています。 地区の東寄りに坂梨(さかなし)・中坂梨(なかさかなし)・北坂梨(きたさかなし)が連なり、 北側の山懐(やまふところ)に国造神社(こくぞうじんじゃ)が鎮座する (ての)地区が接しています。
地名の由来
「一の宮」という地名は、が 肥後国一の宮(ひごのくにいちのみや)——すなわちその国で最も格式の高い神社——に 位置づけられていたことに由来します。 もとより神社の鎮座する集落は宮地(みやじ)と呼ばれていました。 頂の山上神社(上宮)に対し、宮地の社殿を下宮(しもみや)と称し、 いつの頃からかその一帯を「宮地」と呼ぶようになったとされています。 地名「一の宮」は、宮地を中心とする広域的な呼称として定着し、 昭和29年(1954)の合併町名にも採用されました。 なお、『延喜式(えんぎしき)』神名(じんみょう)帳(ちょう)には、 この地に「健磐龍命(たけいわたつのみこと)神社」「阿蘇比咩神社(あそひめじんじゃ)」 「(国造速瓶玉命神社)」の三社が記載されています。
沿革
古代〜中世
古代からは肥後国一の宮として崇敬を受け、 中世には阿蘇大宮司(あそだいぐうじ)家の領主支配のもとで広大な社領を有しました。 社領は阿蘇郡を越えて上下益城郡(かみしもましきぐん)・宇土半島にまで及んでいました。
戦国期・近世
戦国末期には島津氏の攻略を受け、豊臣秀吉の九州征伐(天正15年・1587)に際して 社領を没収され、幼い当主は殺されました。 慶長6年(1601)に肥後領主となった加藤清正(かとうきよまさ)が社地を寄進し、 は神主家として再興されます。 のちに肥後藩主として入国した細川家(ほそかわけ)も社領を寄進し、社殿の造修を行いました。
明治維新後、阿蘇地方一帯の農民の厚い敬神の心に支えられ、 明治4年(1871)に国幣中社(こくへいちゅうしゃ)、 明治23年(1890)に官幣中社(かんぺいちゅうしゃ)、 大正3年(1914)に官幣大社(かんぺいたいしゃ)へと昇格しています。
近代・現代
明治22年(1889)の町村制施行により宮地村(みやじむら)が発足し、 明治34年(1901)に町制を施行して宮地町(みやじまち)となりました。 昭和29年(1954)4月1日、宮地町・坂梨村(さかなしむら)・中通村(なかどおりむら)・ 古城村(ふるしろむら)が新設合併し、阿蘇郡一の宮町(いちのみやまち)が誕生しました。 平成17年(2005)2月11日、一の宮町・阿蘇町・波野村の3町村が合併・市制施行し、 現在の阿蘇市(あそし)となっています(阿蘇市公式資料)。
産業・暮らし
阿蘇カルデラ内の農地を活かした稲作・野菜栽培のほか、 を中心とした畜産業が主要産業です。 の門前町として形成された宮地地区の 阿蘇一の宮門前町商店街(もんぜんまちしょうてんがい)(仲町通り)は、 複数の「水基(みずき)」——地下水が自然湧出する飲み場——を有する清泉の町として知られ、 参拝者・観光客の食べ歩きや水基巡りで賑わっています。 阿蘇市の人口は令和8年(2026)5月1日時点の推計で約23,007人です(阿蘇市統計資料)。
主な施設・名所
- (一の宮町宮地)— 肥後国一の宮・全国約500社の阿蘇神社総本社
- (一の宮町手野)— 阿蘇神社の北宮。樹齢2,000年超とされるで知られる
- 阿蘇一の宮門前町商店街 — 横参道沿いに連なる門前商店街。水基巡りの拠点
- 阿蘇市役所(一の宮町宮地504番地の1)— 標高約522.8m
平成28年熊本地震による被害と復旧
平成28年(2016)4月14日・16日の熊本地震では、阿蘇市一の宮町地域も震度6弱を記録し、 の国指定重要文化財である楼門(ろうもん)・拝殿を含む 主要社殿の多くが倒壊・損壊するなど甚大な被害を受けました。 その後、官民挙げた復旧支援が進められ、令和5年(2023)12月に楼門の保存修理工事が完了し、 令和7年(2025)2月には平成28年熊本地震にかかる災害復旧事業が終了しています (阿蘇神社公式サイト・阿蘇神社お知らせ 2025年2月)。
よくある質問
Q. 「一の宮」という地名はどこから来ていますか? A. 肥後国で最も格式の高い神社(一の宮)である阿蘇神社が鎮座する地であることに由来します。 もとの集落名は「宮地(みやじ)」で、阿蘇神社の社殿(下宮)が置かれた地であることから その名がつきました。
Q. 一の宮はどの市に属していますか? A. 熊本県阿蘇市の一部です。平成17年(2005)2月に旧阿蘇郡一の宮町・阿蘇町・波野村が 合併して阿蘇市が誕生し、現在は「阿蘇市一の宮町」として阿蘇市の行政・文化の中心地を担っています。
Q. 阿蘇神社の楼門は現在見られますか? A. 見られます。平成28年(2016)熊本地震で倒壊した楼門は、令和5年(2023)12月に 保存修理工事が完了し、一般公開されています(阿蘇神社公式サイト)。
Q. 門前町商店街はどのように楽しめますか? A. 阿蘇神社の横参道(仲町通り)に沿った商店街で、阿蘇の地下水が自然湧出する「水基(みずき)」 を巡る「水基巡り」や、あか牛料理・馬ロッケなどの食べ歩きが楽しめます。 土・日・祝日の10時〜16時は一部が歩行者天国となります(阿蘇一の宮門前町商店街振興協会)。
関連項目
参考文献
- 阿蘇神社公式サイト「阿蘇神社について」(https://asojinja.or.jp/about)(2026年5月閲覧)
- 阿蘇神社公式サイト「お知らせ 2025年2月 災害復旧事業終了」(2026年5月閲覧)
- 阿蘇市公式ホームページ「字名一覧」(https://www.city.aso.kumamoto.jp/municipal/profile/adress)(2026年5月閲覧)
- 阿蘇市統計資料 令和4年発行版(阿蘇市)
- 阿蘇一の宮門前町商店街振興協会公式サイト(https://asomonzen.or.jp)(2026年5月閲覧)
