概要
黒ボク土(くろぼくど)とは、火山灰を母材とし腐植(ふしょく)が集積してできた黒色の土壌のことです。阿蘇(あそ)カルデラおよび中央火口丘群(ちゅうおうかこうきゅうぐん)の周辺には、この黒ボク土を主とする厚い火山灰質堆積物が広く分布しています。粗粒の軽石やスコリアからなる層を除いた堆積物の大部分は腐植の集積した火山灰土であり、黒色を呈する「黒ボク土層」と、その下位に重なる黄褐色の「赤ボク土層」とに大別されます。黒ボク土は世界の陸地面積の1%に満たない稀少な土壌型ですが、日本の国土面積の約31%を占めており、活火山や2〜3万年前まで活発に活動していた火山の分布を反映して北海道南部・東北北部・関東・九州に広く見られます(農研機構「日本土壌インベントリー」)。阿蘇地域では、この黒ボク土層が幾重にも重なった地層断面として各所で観察でき、阿蘇カルデラの火山活動史と草原植生の変遷を読み解く手がかりとなっています。
特徴
黒ボク土は、国際的な土壌分類では「andosol」と呼ばれ、火山放出物を母材として、良好な排水条件下での風化によって生成した結晶度の弱い粘土鉱物(アロフェン、イモゴライト等)と腐植の集積によって特徴づけられます(農研機構「日本土壌インベントリー」)。保水性・透水性に優れ、土質が軽くやわらかく耕しやすい一方、活性アルミニウムを多く含むためリン酸を強く吸着する性質があり、伝統的には改良を要する痩せた土壌とされてきました。
阿蘇地域では、約1万年前以降に堆積した火山灰土層のほとんどが中岳(なかだけ)に由来する火山灰を母材としています。中央火口丘群の山体部から少し離れると、色調のわずかに異なる黒ボク土層と赤ボク土層が幾重にも重なり合った堆積物となり、一枚ごとの火砕物としての識別はほとんどできなくなります。
分布
阿蘇地域における黒ボク土は、カルデラおよび中央火口丘群の周辺一帯に厚い堆積物として分布しており、火口からの距離によって層の厚さや色調に差が生じています。火口に近い地点ほど火山灰の供給量が多く堆積しており、全体としては、色の濃い黒ボク土層よりも、淡色の黒ボク土層や赤ボク土層の厚さの差のほうが大きくなる傾向があります。
阿蘇における黒ボク土層の地層断面
層の厚さと火山活動史の関係
黒ボク土層と赤ボク土層の厚さが変わらない部分は火山活動の休止期を示していると考えられています。一方、厚さの差が大きい部分は、腐植の生産量に比べて火山灰の供給量がずっと多かった、火山活動の盛んな時期を示しています。両層の間に見られる色調の変化は、火山灰の供給量と腐植の生産量との割合が時間の経過とともに徐々に変化したことを意味していると解釈されています。
層の基底年代をめぐる知見
黒ボク土層の基底は、完新世(かんしんせい)(約1万年前以降)の始まりと一致するという考え方もあります。しかし阿蘇カルデラの西側では、噴出源から20km以上離れた地域において中央火口丘群噴出の火山灰層の厚さが急速に薄くなり、約2万5千年前に降下したとされる姶良(あいら)Tn火山灰が、地表から連続する黒ボク土層の中に挟まれていることが確認されています。このことから、カルデラ西側における黒ボク土層基底の年代は、約3万年前まで遡ると推定されています。一方、カルデラ付近から東方の地域では、黒ボク土層中に含まれる鬼界(きかい)アカホヤ火山灰の層準(堆積位置)から、基底の年代は約1万年前と推定されています。これらの事実は、黒ボク土層基底の年代が地域によって異なることを示しています。
黒ボク土層は、適当な量の火山灰供給があると安定して上方に向かって生産されます。一方、供給が非常に少ないか、まったくない地域では、下方に存在するより古い火山灰層にも腐植が集積すると考えられています。
成因をめぐる考え方
野焼き説と植生変遷説
黒ボク土層の成因については、古代人による野焼き(のやき)が草原植生を維持し、黒ボク土層の形成を促したとする説が広く知られています。全国的な視点からも、黒ボク土層の生成史には人類の活動と結びついた画期が認められるとする研究があり、後期旧石器時代初頭と縄文(じょうもん)時代の始まりの時期に、人為的な草原的植生の拡大が黒ボク土層の生成を後押ししたと論じられています(細野衛・佐瀬隆「黒ボク土層の生成史:人為生態系の観点からの試論」『第四紀研究』54巻5号、日本第四紀学会、2015年)。
一方、黒ボク土層ができるにはイネ科の植生も必要だと言われています。阿蘇カルデラの内側や東部、波野(なみの)村付近を調査すると、黒ボク土層に挟まれる赤ボク土層(火山灰)は火山活動が活発な時期の堆積物であり、火山活動が穏やかな時期や休止期には例外なく広範囲に黒ボク土層が発達していることが確認されています。このような産状のすべてを古代人の野焼きに帰することは不自然だと考えられています。むしろ、火山活動の活発化によって植生が失われ荒廃地が広がった後、活動の穏やかな時期や休止期にササやカヤなどのイネ科植物が進入して植生が回復する、という過程がくり返されたことによって、幾層にも分かれた黒ボク土層が生じたと考えられています。
なお、黒ボク土層が明瞭に分かれている地域を除くカルデラ周辺では、黒ボク土層は地表からほぼ連続して発達しており、約1万年前より古い部分はほとんど赤ボク土層からなります。この赤ボク土層の部分については、古い黒ボク土層中の腐植が分解されて脱色した可能性も指摘されています。
阿蘇の暮らしとの関わり
黒ボク土は全国的に見ても、水はけがよく根菜類の栽培に適した土壌として知られ、熊本県を中心とする九州南部の畑地ではさつまいもや大根などの根菜類の生産に広く利用されています(農研機構「日本土壌インベントリー」)。阿蘇地域の草原・農地に分布する黒ボク土層もまた、野焼きや放牧による草原の維持と、火山灰の継続的な供給という二つの要因が織りなす、この地域特有の土壌環境の産物といえます。
観察ポイント
黒ボク土層と赤ボク土層の重なりは、道路の切り通しや造成地の断面など、地層が露出した箇所で観察することができます。層の色調の変化を通じて火山活動の消長を読み取ることができ、火山灰の供給量が多かった時期には赤みを帯びた層が、供給が少なく植生が安定していた時期には黒みの強い層が形成されている様子を確認できます。
よくある質問
Q. 黒ボク土(くろぼくど)とは何ですか? A. 火山灰を母材とし、腐植(ふしょく)が集積してできた黒色の土壌のことです。国際的な土壌分類では「andosol」と呼ばれ、日本の国土面積の約31%を占めています(農研機構「日本土壌インベントリー」)。
Q. 黒ボク土層と赤ボク土層はどう違いますか? A. 黒ボク土層は腐植が集積して黒色を呈する層で、赤ボク土層はその下位に重なる黄褐色の層です。両者の厚さの差は、火山活動の盛んな時期と穏やかな時期の違いを反映していると考えられています。
Q. 阿蘇の黒ボク土層はいつ頃から堆積し始めたのですか? A. 地域によって異なり、カルデラ西側では約3万年前、カルデラ付近から東方の地域では約1万年前と推定されています。
Q. 黒ボク土層は野焼きによってできたのですか? A. 古代人の野焼きが黒ボク土層の形成を促したとする説があり、全国的な学術研究でも人為的な草原形成との関わりが指摘されています。ただし阿蘇地域の調査からは、火山活動の消長そのものが層の形成に大きく関わっていると考えられており、野焼きのみを唯一の要因とすることには慎重な見方もあります。
関連項目
参考文献
- 農研機構「日本土壌インベントリー」黒ボク土 解説ページ(https://soil-inventory.rad.naro.go.jp/explain/D.html)2026年9月閲覧
- 細野衛・佐瀬隆「黒ボク土層の生成史:人為生態系の観点からの試論」『第四紀研究』54巻5号、323-339頁、日本第四紀学会、2015年
- 阿蘇ペディア「阿蘇火山の生い立ち」