概要
野焼き(のやき)とは、阿蘇地域で毎年2月下旬から3月にかけて、草原に火を入れて枯草(かれくさ)を焼き払う伝統的な草原(そうげん)維持作業です。牛馬(ぎゅうば)の放牧(ほうぼく)や採草(さいそう)に適した良質な草地を保つために行われ、千年以上にわたって続く阿蘇の草原景観を今日まで支えてきました(環境省 阿蘇くじゅう国立公園)。


野焼きの目的
草原は人の手が入らないと数年でアキグミやサルトリイバラなどの低木が茂り、やがて森林へと移行してしまいます。野焼きは、この森林化を防ぎ、牛馬が好むネザサやススキ、トダシバなどイネ科植物の新しい芽吹きを助けるために行われています(環境省 阿蘇くじゅう国立公園)。また、前年の枯れ草を焼き払うことで、翌年の草刈り作業を容易にする目的もあります。
草原を維持する年間のいとなみ
阿蘇の草原は、野焼き以外にも複数の作業によって一年を通じて維持されています。
- 輪地切り(わちぎり)・輪地焼き(わちやき)(8月〜10月頃):野焼きの火が周辺の植林地や建物に燃え移らないよう、幅6〜10mの防火帯「輪地(わち)」を作る作業です。傾斜35度以上の急斜面(きゅうしゃめん)で行われることもあり、輪地の総延長は阿蘇郡全域で約640kmに及びます(財団法人阿蘇グリーンストック『阿蘇郡牧野及び牧野組合現況調査』1999年(平成11年))。
- 放牧(ほうぼく)(4月中旬〜10月下旬、一部で周年):あか牛など阿蘇を代表する牛馬が草原に放たれます。
- 採草(さいそう)(9月〜10月):冬季の飼料を確保するため、干し草(ほしくさ)を刈り取り保存します。
- 野焼き(2月下旬〜3月):前年の枯れ草を焼き払い、草原を維持します。
野焼きの実際
野焼き当日は、まず防火帯の内側から風上に向かってゆっくりと燃え進む「逆火(さかび)」を入れ、燃え代をなくしておきます。周囲の安全を確認した後、斜面の下から本格的に火を放つと、炎はときに高さ30mに達することもあります。火が通り過ぎた後は、地面に残る小さな火種を火消し道具で叩き消す作業が数時間続きます。急斜面での重労働かつ命の危険を伴うため、長老や牧野組合(ぼくやくみあい)長を中心とした共同作業として行われています。
野焼き直後の草原は一面が黒くなりますが、地下茎(ちかけい)が発達している草の根は生きており、1か月足らずで新しい芽吹きが始まります。阿蘇の草原の黒い土壌は「黒ボク土(くろぼくど)」と呼ばれ、野焼きなどによる微粒炭(びりゅうたん)を多く含んでいます。
阿蘇グリーンストックによる支援
公益財団法人阿蘇グリーンストックは1995年(平成7年)に設立され、企業・団体・個人・行政の協力のもとで阿蘇の草原保全に取り組んでいます。近年は畜産農家の減少や過疎化・高齢化により牧野組合だけでの野焼きの継続が難しくなっており、市民ボランティア「ASO野ボラ」による支援活動が行われています。
日本各地の野焼き・山焼き
草原を維持するための火入れ行事は、阿蘇以外の地域にも見られます。
- 若草山(わかくさやま)焼き(奈良県奈良市):毎年1月第4土曜日に実施される山焼き行事です。
- 秋吉台(あきよしだい)山焼き(山口県美祢市(みねし)):例年2月中旬、特別天然記念物秋吉台の景観と学術的価値を守るため、約1,138ヘクタールに火が入れられます(美祢市公式サイト)。
- 飯田(はんだ)高原の野焼き(大分県九重(ここのえ)町):1996年(平成8年)に地元有志が復活させ、2022年(令和4年)現在は約600ヘクタールに拡大しています。ラムサール条約湿地「タデ原(たでわら)湿原」の保全にもつながっています。
これらはいずれも、火入れによって森林化を防ぎ、草原特有の生態系を維持するという共通の目的を持っています。
よくある質問
Q. 野焼きはいつ行われますか? A. 阿蘇では例年2月下旬から3月にかけて、牧野組合ごとに日程を定めて実施されます(阿蘇市公式サイト、2026年時点)。
Q. なぜ危険な野焼きを続けているのですか? A. 阿蘇の草原は人の手を離れると数年で森林化してしまうためです。千年以上続く草原景観と生態系を維持するため、野焼きが欠かせない作業とされています(環境省 阿蘇くじゅう国立公園)。
Q. 阿蘇以外にも野焼きをしている地域はありますか? A. あります。奈良県の若草山焼き、山口県美祢市の秋吉台山焼き、大分県九重町の飯田高原の野焼きなど、全国各地に同様の伝統行事が伝えられています。
映像
関連項目
- 阿蘇くじゅう国立公園
- あか牛
- 牧野
- 阿蘇グリーンストック
参考文献
- 『くらしのあゆみ 阿蘇 -阿蘇市伝統文化資料集-』
- 環境省 阿蘇くじゅう国立公園公式サイト「野焼きと草原維持の困難性」「草原と人々のいとなみ」
- 公益財団法人 阿蘇グリーンストック公式サイト
- 阿蘇市公式サイト
- 阿蘇市チャンネル【公式】(YouTube)
- 美祢市公式サイト「秋吉台山焼き」