概要
牧野組合(ぼくやくみあい)とは、阿蘇地域において草原(牧野(ぼくや))の維持管理を共同で行うために集落単位で組織された農業団体です。野焼き(のやき)・輪地切(わちぎ)り・採草・放牧などの草原管理作業を担い、阿蘇の半自然草原を千年以上にわたって保全してきた担い手として知られています。
阿蘇郡市には令和年代現在で100を超える牧野組合が存在し、阿蘇市・南小国町(みなみおぐにまち)・小国町(おぐにまち)・産山村(うぶやまむら)・高森町・南阿蘇村・西原村の各自治体にまたがって活動しています。しかし近年は組合員の高齢化・畜産業の衰退・後継者不足により、草原維持に必要な作業の継続が困難になりつつあり、草原面積の減少が問題となっています。
歴史的背景
草原利用の起源
阿蘇の草原が人の手によって維持されてきた歴史は、少なくとも平安時代まで遡(さかのぼ)ります。平安時代に編纂(へんさん)された律令(りつりょう)の施行細則『延喜式(えんぎしき)』(延長5年〔927〕成立)には阿蘇の牧野に関する記述があり、優れた馬を都に進上することが定められていました。阿蘇の広大な草原は軍馬の生産地として朝廷から重視されており、組織的な草原管理の必要性がすでにこの時代から存在していたことがうかがえます(環境省『阿蘇の草原管理』資料)。
江戸時代の入会制度
江戸時代には「催合(もやい)」と呼ばれる草原の共同利用制度が成立しました。催合とは、集落の構成員が特定の草原を共同で利用・管理する入会(いりあい)制度の一形態であり、草原の維持管理システムとして集落単位に根付いていました。この慣行が近代以降の牧野組合制度へと引き継がれています(環境省『阿蘇の草原管理』資料)。
近代以降の変遷
明治時代には、それまでの農耕用・役(えき)牛馬の飼育から肉牛生産へと草原利用の形が変化しました。昭和41年(1966)には国営大規模草地改良事業が起工され、昭和48年(1973)に完成。阿蘇は全国有数の畜産生産基地となりました。
しかし同じ昭和48年(1973)のオイルショック、平成元年(1989)の牛肉・オレンジの輸入自由化、平成13年(2001)のBSE(牛海綿状脳症)感染牛の発見など、農業経営に直接的な打撃が相次ぎました。化学肥料の普及・農業機械化・生活様式の変化も重なり、牧野の農業的利用が年々減少していきました(環境省『阿蘇の草原管理』資料)。
牧野組合の役割と管理作業
牧野組合は、入会地(いりあいち)である草原(牧野)を共同で管理する義務を担っています。主な管理作業は次のとおりです。
- 野焼き(のやき):早春に草原全体を焼き、新芽の萌芽(ほうが)を促す作業。阿蘇の草原景観維持の根幹をなします。
- 輪地切(わちぎ)り・輪地焼(わちや)き:野焼きの延焼を防ぐため、草原の外周部の草を刈り取る(輪地切り)か、事前に焼き払う(輪地焼き)作業。
- 採草(さいそう):飼料や堆肥(たいひ)・茅葺(かやぶ)き屋根の材料として草を刈り取る作業。
- 放牧(ほうぼく):肉用牛などを草原に放して管理する作業。
これらの作業を継続することで、阿蘇の半自然草原は保たれています。草原を放置すると、日本の温暖湿潤な気候のもとでは自然に低木林・樹林へと遷移(せんい)するため、人の手による管理が不可欠です(環境省『阿蘇草原再生全体構想〈第3期〉』)。
草原減少の危機と現状
担い手不足と草原の変容
牛肉輸入自由化以降の畜産業の低迷、農家の兼業化・高齢化・後継者不足により、農家が飼育する牛馬の頭数は大幅に減少しました。採草・放牧が行われなくなった草原は放置され、草原面積の減少と草原の樹林化(遷移(せんい))が進んでいます。牧野組合においても、組合員の高齢化や畜産を辞める農家の増加により、野焼き・輪地切りといった草原維持作業の継続が困難になっています。
阿蘇の草原面積は最盛期の約5万haから大きく減少しており、国立公園としての景観や草原生態系の多様性が失われることが危惧(きぐ)されています(阿蘇草原再生協議会『阿蘇草原再生レポート』)。
草原再生の取り組み
こうした状況を受け、環境省は平成8年(1996)以降、牧野組合やボランティアと協働して草原保全のための検討や試験的事業を進めてきました。平成19年(2007)には行政機関・牧野組合・NPO・企業・研究機関などが参加する「阿蘇草原再生協議会」が設立され、草原維持のための多方面の取り組みが組織的に進められています。
また、阿蘇の草原を基盤とする農業・文化景観は、平成25年(2013)に「世界農業遺産(GIAHS)」に認定され、平成29年(2017)には「日本重要文化的景観」に選定されています(文化庁)。これらの認定は、牧野組合が担ってきた草原管理の文化的・生態的価値が国際的に評価されたことを意味します。
牧野組合一覧
以下は阿蘇郡市の牧野組合と管理面積(単位:ha、調査時点の数値)の一覧です。面積欄が空欄のものは未把握または非公表です。
阿蘇市
| 組合名 | 面積(ha) |
|---|---|
| 狩尾牧野組合 | 503 |
| 農事組合法人湯浦牧場 | 401 |
| 農事組合法人西小園原野組合 | 72 |
| 農事組合法人新宮牧場 | 265 |
| 山田西部牧野組合 | 261 |
| 枳原野管理組合 | 145 |
| 農事組合法人山田東部牧場 | 608 |
| 農事組合法人小里牧野組合 | 159 |
| 二三五区牧野組合 | 618 |
| 三久保牧野組合 | 99 |
| 跡ヶ瀬牧野組合 | 228 |
| 的石原野管理組合 | 260 |
| 赤水牧野組合 | 234 |
| 永草牧野組合 | 290 |
| 農事組合法人西町牧野組合 | 210 |
| 東役犬原牧野組合 | 21 |
| 小倉原野委員会 | — |
| 大観峰牧野組合 | — |
| 狩尾南山原野管理組合 | 31 |
| 車帰牧野組合 | 253 |
| 本塚七部落組合 | 4 |
| 成川原野委員会 | 46 |
南小国町
| 組合名 | 面積(ha) |
|---|---|
| 下ノ道掠草組合 | 200 |
| 扇牧野組合 | 210 |
| 矢ヶ部・小原・薊原牧野組合 | 30 |
| 湯田牧野組合 | 116 |
| 斧隠牧野組合 | 100 |
| 動馬喜裏牧野組合 | 40 |
| 上中原財産組合 | 250 |
| 志津地区山林原野管理組合 | 50 |
| 菰田牧野組合 | 70 |
| 間瀬野牧野組合 | 200 |
| 白川部落牧野組合 | 180 |
| 白川牧野組合 | 30 |
| 下山鳥川牧野組合 | 160 |
| 山鳥川牧野組合 | 140 |
| 波居原牧野組合 | 360 |
| 馬場牧野組合 | 98 |
| 樋の口牧野組合 | 30 |
| 下中原牧野組合 | 280 |
| 小田財産組合 | 15 |
| 黒川牧野管理組合 | 350 |
| 吉原自治会 | 10 |
| 中湯田牧野組合 | 108 |
| 赤馬場牧野組合 | 78 |
| 星和部落 | 30 |
| 田ノ原牧野組合 | 310 |
| 小葉瀬牧野組合 | 16 |
| 滝下牧野組合 | 25 |
| 慈門坊牧野組合 | 200 |
| 立岩牧野組合 | 24 |
| 下り戸牧野組合 | — |
| 矢ヶ部部落 | 5 |
小国町
| 組合名 | 面積(ha) |
|---|---|
| タケハゲ牧野組合 | 106 |
| 樅木牧野組合 | 60 |
| 小薮牧野組合 | 40 |
| 北里一部牧野組合 | 50 |
| 上田第一地区牧野組合 | 300 |
| 楢原牧野組合 | 34 |
| 雨包牧野財産組合 | 36 |
| 唐谷牧野組合 | 34 |
| 名原・大鶴牧野組合 | 123 |
| 三共牧場 | 64 |
よくある質問
Q. 牧野組合(ぼくやくみあい)とはどのような組織ですか? A. 集落単位で組織された農業団体で、草原(牧野)の野焼き・輪地切り・採草・放牧などの管理作業を共同で行います。阿蘇では平安時代に遡る草原管理の伝統が、現代の牧野組合制度に引き継がれています。
Q. なぜ野焼きをしなければ草原が維持できないのですか? A. 日本の温暖湿潤な気候では、放置された草原は自然に低木林・樹林へと遷移します。野焼きは毎年早春に草原全体を焼くことで、木の芽の生長を抑制し、草原の植生を維持するために不可欠な作業です。
Q. 阿蘇の草原はいつ頃から人の手で管理されてきたのですか? A. 少なくとも平安時代(『延喜式』記載)から千年以上にわたり管理されてきたとされています。平成25年(2013)には「世界農業遺産(GIAHS)」に認定されており、長期にわたる草原管理の歴史的価値が国際的に評価されています。
Q. 現在の牧野組合が直面している課題は何ですか? A. 組合員の高齢化・畜産農家の減少・後継者不足が深刻な課題です。野焼きなどの草原管理作業には多くの人手が必要ですが、担い手が不足しており、草原の樹林化(遷移)と面積減少が進んでいます。
関連項目
- 野焼き
- 草原
- 延喜式(えんぎしき)
- 世界農業遺産
参考文献
- 環境省「阿蘇の草原管理」(環境省自然環境局)
- 環境省『阿蘇草原再生全体構想〈第3期〉』(令和3年11月)
- 阿蘇草原再生協議会『阿蘇草原再生レポート 活動報告書2022』
- 鄧文超「阿蘇地域の牧野保全における牧野ガイド事業の実態と課題について」(筑波大学、2019年)
- 熊本県「世界遺産暫定一覧表追加資産に係る提案書——阿蘇カルデラ——」
- 文化庁「日本の重要文化的景観」(文化庁文化財部)