の一角をなす単成火山(たんせいかざん)です。 杵島岳(きしまだけ)の東に隣接し、玄武岩質(げんぶがんしつ)のスコリア丘と 北流する溶岩流(ようがんりゅう)から構成されます。 約3,600年前のマグマ噴火で形成された、 阿蘇中央火口丘群の中では比較的新しい火山のひとつです (気象庁「日本活火山総覧 84.阿蘇山」)。
位置と地勢
往生岳は阿蘇カルデラの中央部に位置する中央火口丘群の一座で、 杵島岳の東に隣接しています。 浸食(しんしょく)によって放射状に刻まれた深い谷が山ひだをつくり、 裾野(すその)は北の阿蘇谷(あそだに)へと広がっています。
山頂付近には大きな火口が2つあり(小野・渡辺, 1985)、 国土地理院 2万5千分の1地形図では山頂の高さが正確に記載されていませんが、 山頂部北東側の三角点は標高1,238.1m、 南側の火口縁では1,260mを超えます (AsoPedia「杵島岳と往生岳」article-2334)。
地質と形成過程
往生岳の岩石は輝石(きせき)かんらん石玄武岩(かんらんせきげんぶがん)です (阿蘇ジオパーク推進協議会・岩石データベース AC-07)。 約3,600年前(暦年代)、マグマ噴火(準プリニー式噴火(じゅんプリニーしきふんか))によって 火砕物降下(かさいぶつこうか)と溶岩流出が生じ、スコリア丘が形成されました。 この噴火の規模は火山爆発指数(かざんばくはつしすう)(VEI)4に相当し、 マグマ噴出量は0.02 DRE km³を超えます (気象庁「日本活火山総覧 84.阿蘇山」)。
同時期の中央火口丘では、杵島岳(約4,000年前)→ 往生岳(約3,600年前) → 米塚(こめづか)(約3,300年前)の順に噴火が起きたことが、 噴出物(ふんしゅつぶつ)の重なり関係から確認されています。 杵島岳と往生岳の間の鞍部(あんぶ)を流れる沢で往生岳の溶岩が 杵島岳のスコリアを覆っていることから、往生岳は杵島岳よりも やや新しい火山と判断されています (地質調査所「阿蘇火山地質図」1985年)。
溶岩流の到達範囲
往生岳から流出した溶岩は主に北・北西方向へ流れ下り、 現在の阿蘇パノラマライン周辺の草原を形成しています。 溶岩流の先端は阿蘇駅付近の西巌殿寺(さいがんでんじ)あたりにまで達しており、 噴出口から北方へかなりの距離を流下したことがわかります (阿蘇ジオパーク推進協議会・岩石データベース AC-07)。
溶岩流の先端部にあたる旧阿蘇町賀田(かった)地区では、 溶岩に取り込まれて炭化(たんか)した直径約1メートルの欅(けやき)の大木が 見つかっており、噴火当時この地に大木が立っていたことを示す貴重な記録です。
阿蘇神話との関わり
往生岳は阿蘇神話にも登場します。 阿蘇の開拓神(かいたくしん)である健磐龍命(たけいわたつのみこと)が 往生岳の山頂に腰を掛け、北外輪山の巨石「的石(まとのいし)」に向けて 毎日100本の矢を放ち、矢取りを命じられた家来の鬼八(おにはち)が これに反いたことが「火焚神事(ひたきしんじ)」の起源と伝えられています (阿蘇電気鉄道「阿蘇開拓の恩人、健磐龍命と鬼八の伝説」)。 また、山ひだの侵食は「神様が用をたした流れの跡」とも伝えられており、 往生岳は古くから地域の人々にとって神聖な山として認識されてきました。
大火文字焼と往生岳
往生岳はかつて「大火文字焼(だいひもんじやき)」の舞台として知られていました。 「阿蘇の火まつり」の中心的な催しとして、往生岳と麓の本塚(ほんづか)の それぞれの山肌に巨大な「火」の文字が松明(たいまつ)で描かれ、 二つの「火」が重なって「炎」の字が夜空に浮かび上がる光景は 阿蘇の春の風物詩でした。
この行事は地元行政が主体となって約30年間続けられましたが、 平成26年(2014)に資金難を理由に終了しました。 その後、地元商店主らが本塚のみで規模を縮小して継続していた時期もありましたが、 現在は行われていません(日本テレビ NNN「熊本 地震後初、阿蘇の火文字焼き」2017年3月)。
よくある質問
Q. 往生岳は阿蘇五岳のひとつですか? A. 阿蘇五岳(あそごがく)は高岳・中岳・根子岳・烏帽子岳・杵島岳の5座を指し、 往生岳は含まれません。往生岳は杵島岳の東に隣接する中央火口丘群の一座です。
Q. 往生岳の標高は何メートルですか? A. 国土地理院の2万5千分の1地形図では山頂高度が明確に記載されていませんが、 山頂部北東側の三角点が標高1,238.1m、南側の火口縁では1,260mを超えるとされています (AsoPedia「杵島岳と往生岳」)。
Q. 往生岳はいつ噴火したのですか? A. 最後の噴火は約3,600年前と推定されています。準プリニー式噴火による 火砕物降下と溶岩流出が生じました(気象庁・VEI4)。現在は噴火活動は 認められていません。
Q. 「大火文字焼」は現在も行われていますか? A. 現在は行われていません。往生岳と本塚に「炎」の文字を描く大規模な 大火文字焼は、平成26年(2014)に資金難のため終了しました (日本テレビ NNN、2017年3月報道)。
関連項目
参考文献
- 気象庁「日本活火山総覧 84.阿蘇山」(宮縁・渡辺 1997、Miyabuchi 2009、宮縁 2010)
- 地質調査所「火山地質図 4 阿蘇火山地質図」1985年 (小野晃司・渡辺一徳、産業技術総合研究所地質調査総合センター)
- 阿蘇ジオパーク推進協議会「往生岳火山 岩石データベース AC-07」
- AsoPedia「杵島岳と往生岳」(article-2334)
- 阿蘇電気鉄道「阿蘇開拓の恩人、健磐龍命と鬼八の伝説から始まった火焚神事」
