草泊まり(くさどまり)とは、阿蘇地域で採草地(さいそうち)における草刈り作業の期間中、ススキで作った小屋に寝泊まりしながら作業を続けた仮住まいの慣習です。トラックなどの輸送手段が普及していなかった時代、遠く離れた採草地との往復の労力を節約するために行われていました。
概要
阿蘇では、農家の人々が暮らすカルデラ内の水田地帯と、採草地のある北外輪山上との間に300メートル以上の高低差があり、蛇行する坂道を毎日往復するには多大な労力を要しました。草泊まりは、こうした移動の負担を減らすため、道路の整備が進まず自家用トラックも普及していなかった昭和30年代(1955年頃〜1964年頃)まで、北外輪山地域一帯の原野で広く行われていました。多い時には150戸余りの農家が長い道のりを経て採草地に赴き、家族総出で草刈りに従事したと伝えられています(『一の宮町史 草原と人々の営み』)。
時代背景
阿蘇の草原は、野焼き(のやき)・放牧(ほうぼく)・採草(さいそう)という一連の農業サイクルによって、少なくとも平安時代から千年以上にわたって維持されてきました。このうち採草は、冬場に牛馬へ与える干草(ほしくさ)や、田畑にすき込む堆肥(たいひ)、茅葺(かやぶ)き屋根の材料を得るための重要な作業です。刈り取った草は干した後に束ねられ、草小積み(くさこづみ)として草原に積み上げられました。
採草地は、集落単位で組織された牧野組合(ぼくやくみあい)が共同で管理する入会地(いりあいち)であり、多くの場合、農家の居住地から遠く離れた北外輪山上に位置していました。とりわけ一の宮町(現・阿蘇市一の宮町)周辺の農家にとって、水田地帯と採草地との往復は大きな負担であり、草泊まりという生活の知恵が生まれた背景となっています。
具体的な様子
小屋の構造
草泊まりに使われた小屋は、小川の畔(ほとり)などに、割り竹を骨組みとし、ススキを屋根に葺(ふ)いてつくられました。竪穴式住居を思わせる簡素な造りで、この小屋づくりは草刈り作業の前日までに済ませる「小屋掛(こやが)け」という作業として定着していました。
小屋の中には、ふとん、食料、炊事道具などの生活用品一式が持ち込まれ、家族はそこで寝泊まりしながら日々の草刈りに従事しました。
家族総出の労働
昔は採草作業の時期になると学校も臨時休校となり、子どもを含めた家族全員が草泊まりの小屋で暮らしながら草刈りを行いました。長い時には、1回の草泊まりで10日間ほど滞在することもあったと伝えられています。刈り取った草は干し草にした後、稲手(いなで)(稲の茎)で結束され、草小積みとして積み上げられました。
草刈りには、刃渡り40センチメートルほどの大鎌(おおがま)が用いられました。地域によっては「エコ鎌(がま)」と呼ばれる呼称も伝わっています。近年は動力式の刈払機(かりばらいき)が普及し、こうした人力中心の作業風景は大きく変化しています。
現在との比較
自家用トラックの普及と農道の整備が進んだ昭和30年代以降、日帰りでの採草作業が可能になったことから、草泊まりの慣習は次第に見られなくなりました。現在では、実際に草泊まりで寝泊まりしながら草刈りを行う農家はほぼ存在しません。
一方で、この文化を次世代に伝える取り組みも続けられています。阿蘇市内牧(うちのまき)小学校では、毎年4年生が地域の高齢者や住民の指導のもと、草泊まりの小屋を実際に製作する学習活動が行われています。また、阿蘇市内の草原体験施設では、製作された草泊まりの小屋が期間限定で公開され、宿泊体験ができる場合もあります(体験可否・時期は施設に要確認)。
草泊まりと並び、刈り取った草を積み上げる草小積みについても、阿蘇地域世界農業遺産推進協会(委託先:公益財団法人阿蘇グリーンストック)が「草小積み再生プロジェクト」として地元牧野組合の協力を得ながら伝承活動を続けています。阿蘇の草原を基盤とする農業システムは、平成25年(2013)に国連食糧農業機関(FAO)の世界農業遺産(GIAHS)に認定されており、草泊まりや草小積みといった採草にまつわる生活文化は、この認定の背景をなす伝統知識の一部として位置づけられています。
よくある質問
Q. 草泊まりはいつ頃まで行われていましたか? A. 自家用トラックや農道が十分に整備されていなかった昭和30年代(1955年頃〜1964年頃)まで、北外輪山地域一帯で行われていたと伝えられています。
Q. 草泊まりの小屋はどのように作られましたか? A. 割り竹を骨組みとし、ススキを屋根に葺いてつくられました。この小屋づくりは、草刈り作業の前日までに済ませる「小屋掛け」という作業として定着していました。
Q. 現在も草泊まりを体験できますか? A. 実際の採草作業としての草泊まりは行われていませんが、阿蘇市内牧小学校の学習活動や、一部の草原体験施設での再現・体験を通じて、この文化に触れることができます。