アカネズミ(Apodemus speciosus)とは、ネズミ目(もくら)ネズミ科(ねずみか)アカネズミ属(ぞく)に分類される、日本固有(にほんこゆう)の小型哺乳類(しょうがたほにゅうるい)です。沖縄および南西諸島を除く全国に分布し、阿蘇地域では草原(そうげん)・森林(しんりん)・農耕地(のうこうち)など多様な環境に広く生息しています。
データ
| 和名 | アカネズミ |
|---|---|
| 学名 | Apodemus speciosus Temminck, 1844 |
| 英名 | Large Japanese Field Mouse |
| 別名 | 赤鼠(あかねずみ) |
| 分類 | ネズミ目 ネズミ科 アカネズミ属 |
| 分布 | 本州・四国・九州(ホンドアカネズミ A. s. speciosus)、北海道(エゾアカネズミ A. s. ainu)ほか |
形態・特徴
アカネズミの体色は、背面が橙褐色(だいだいかっしょく)から赤褐色(せきかっしょく)で、腹面は白色です。頭胴長(とうどうちょう)は80〜140mm、尾長(おちょう)は70〜130mm、後足長(こうそくちょう)は22〜26mm、体重は20〜60gほどです。同属(どうぞく)のヒメネズミ(Apodemus argenteus)に比べ、尾長は頭胴長とほぼ等しいかそれより短く(尾率(びりつ)100%以下)、後足長が長い点で区別できます。
ヒメネズミとの識別(しきべつ)には慣れを要し、生体(せいたい)を手にした場合は後足長が22mm以上であればアカネズミと判断できます(九州地方整備局筑後川河川事務所「河川・水辺の生物図鑑」)。頭骨標本(ずこつひょうほん)では頬骨弓(きょうこつきゅう)が丸みを帯び前方へ膨らんでいることで確認できるとされます。
後足の筋肉が発達しており、1日あたり数kmにわたって行動する機動力の高い種です。
分類・亜種
本種は生息する島によって形態的な変異が大きく、複数の亜種(または独立種)が提唱されてきましたが、現在の分類ではそれぞれを地域的な変異と見なし、亜種を無効として Apodemus speciosus 1種とする説が有力です(Mammal Species of the World, 3rd edition)。
主な地域変異は以下のとおりです。
- ホンドアカネズミ A. s. speciosus — 本州・四国・九州(阿蘇地域に生息するのはこの亜種)
- エゾアカネズミ A. s. ainu — 北海道。本州産より一回り大型
- サドアカネズミ A. s. sadoensis — 佐渡島
- オオシマアカネズミ A. s. insperatus — 伊豆大島
- セグロアカネズミ A. s. dorsalis — 屋久島
生態
行動・活動時間
基本的に夜行性(やこうせい)で、活動のピークは日没後から午後10時頃および明け方の午前3〜5時頃とされています(九州地方整備局)。昼間は土中(どちゅう)に掘(ほ)った巣穴(すあな)や岩の隙間(すきま)で休み、夜間に活動します。
食性(しょくせい)
種子(しゅし)と昆虫(こんちゅう)を中心に採食し、植物の根茎(こんけい)・果実(かじつ)・新芽(しんめ)なども食べる雑食性(ざっしょくせい)です。特に秋にはドングリ類(コナラ・ミズナラなど)・オニグルミ・トチノキ類などの堅果(けんか)を積極的に採食します。
採食した種子の多くはその場で食べず、土中や岩陰の巣穴に運んで**貯食(ちょしょく)**する習性を持ちます。貯蔵量は1シーズンに消費する量の数十倍以上にのぼることもあります。
この貯食行動は、コナラやミズナラなどの種子散布にも貢献しており、森林生態系の多様性維持に重要な役割を果たしています(日本哺乳類学会誌掲載研究など)。食べ残した種子が発芽することで、木本植物の更新(こうしん)を間接的に支援する「動物散布(さんぷ)型種子散布者」として機能します。
繁殖(はんしょく)
交尾可能期以外はメスがオスを寄せつけない傾向があり、一夫多妻型(いっぷたさいがた)の交尾システムをとることが知られています。産仔数(さんしすう)は1回につき1〜8頭で、地下の巣穴で出産・育仔(いくし)します。
繁殖期は地域によって異なり、日本国内では春秋の2回型(本州)、夏の1回型(北海道)、冬の1回型(九州)に大別されます(村上, 1974; 1980)。阿蘇を含む九州では冬季(晩秋から初春)に繁殖が集中するとされています。
阿蘇との関わり
草原生態系における役割
阿蘇では、アカネズミはハタネズミ(Microtus montebelli)とともに草原(そうげん)・農耕地・林縁(りんえん)に広く生息し、個体数が豊富な種として知られています。
環境省(かんきょうしょう)阿蘇くじゅう国立公園が公開している阿蘇山上ビジターセンターの資料によれば、アカネズミやハタネズミなどのネズミ類は個体数が多いため、草原生態系の頂点(ちょうてん)に位置する猛禽類(もうきんるい)ノスリの主要な餌資源(えしげん)となっています。阿蘇の草原はノスリが採餌(さいじ)するための重要な環境の一つです(環境省阿蘇くじゅう国立公園公式資料)。
ノスリのほか、チョウゲンボウ・ハイタカ・アカキツネ・イタチ類なども本種を補食(ほしょく)し、阿蘇の草原・森林における食物連鎖(しょくもつれんさ)の中心的な位置を占めています。
阿蘇とその周辺には約33種の哺乳類が生息しており、草原性ネズミ類はその多様な生態系を支える基盤(きばん)の一つです(環境省)。
阿蘇の草原と野焼き
野焼き(のやき)後は草原が一時的に裸地化(らちか)しますが、アカネズミは地下の巣穴を利用するため比較的影響を受けにくいとされています。草が再生するにつれて個体数が回復し、周囲の農耕地や林縁からの再定着(さいていちゃく)も速やかに進みます。
観察情報
アカネズミは夜行性であり、自然状態で目撃する機会は少ないですが、以下の痕跡(こんせき)によって生息を確認できることがあります。
- クルミの食痕(しょくこん):殻に2つの穴を開けて中身を取り出した痕が残る(リスの食痕とは異なる)
- 巣穴:土手・土崖(どがけ)・根際(ねぎわ)などに見られる直径5〜6cm程度の穴
- フンや足跡:泥地や雪面に残ることがある
日没後の草原や農耕地縁辺部で、ライトを当てると目が光って発見できる場合があります。ただし、野生動物の観察においては、生息環境への影響を最小限にとどめることが重要です。
熊本県レッドリスト上の位置づけ
アカネズミは「レッドリストくまもと2024」(熊本県、令和6年(2024)10月)に掲載されていません。これは、熊本県内における生息状況が安定しており、絶滅のおそれのある種に該当しないと評価されているためです。国(くに)の環境省レッドリスト(2020年版)においても同様に選定されていません。
なお、同じネズミ類でも阿蘇の草原に生息するカヤネズミ(Micromys minutus)は、同レッドリスト上で準絶滅危惧(じゅんぜつめつきぐ)(NT)に指定されており、草原環境の保全が引き続き重要です。
よくある質問
Q. アカネズミとヒメネズミはどう見分けますか? A. 外見は非常に似ていますが、アカネズミはヒメネズミよりも一回り大きく、尾長が頭胴長とほぼ同じかそれより短い点(尾率100%以下)で区別できます。生体を手にした場合、後足長が22mm以上であればアカネズミです。厳密な判別には頭骨標本を用いた計測が確実とされています。
Q. アカネズミはどのような環境に多く生息しますか? A. 森林・草原・農耕地・河川敷など幅広い環境に生息しますが、特に林縁(りんえん)部や低木林の縁辺を好む傾向があります。阿蘇ではカルデラ内の農耕地・草原・雑木林に広く分布しています。
Q. アカネズミの貯食は生態系にどのような影響を与えますか? A. ドングリ類などを土中に埋めて貯蔵し、食べ忘れたものが発芽することで、コナラ・ミズナラなどの樹木の種子散布を助けます。これはアカネズミが森林の更新(こうしん)を間接的に支える「貯食型種子散布者」として機能していることを意味します。
Q. 阿蘇の草原でアカネズミが減ると何が起きますか? A. アカネズミは草原生態系においてノスリや猛禽類、キツネ・イタチ類などの捕食者の主要な餌となっています。そのため、アカネズミの個体数が減少すると、上位捕食者の生息にも影響が及ぶことが懸念されます。草原管理(野焼き・放牧)の継続が、こうした生態系バランスの維持に重要です。
参考文献
- 環境省九州地方環境事務所「阿蘇の生きものと水のめぐみ」阿蘇山上ビジターセンター公式資料(https://www.env.go.jp/park/aso/data/mtasovc/bounty-of-water_02.html、2026年6月閲覧)
- 九州地方整備局筑後川河川事務所「河川・水辺の生物図鑑 ほ乳類 アカネズミ」(http://www.qsr.mlit.go.jp/chikugo/siryo/02-kawa/01_chikugo/honyurui/akanezumi.html)
- 村上興正(1974)「アカネズミの繁殖について」日本哺乳動物学雑誌
- 村上興正(1980)「アカネズミの繁殖期の地域変異」日本哺乳動物学雑誌
- 熊本県「レッドリストくまもと2024」令和6年(2024)10月
- 環境省「哺乳類のレッドリスト(2020年版)」
- Mammal Species of the World, 3rd edition(Wilson & Reeder eds., 2005)
- 阿部永監修(2008)『日本の哺乳類』東海大学出版会