メインコンテンツへスキップ
阿蘇ジオパーク

生物・生態系

 

阿蘇の生物・生態系とは、世界最大級のカルデラ地形と千年以上にわたる野焼き(のやき)・放牧(ほうぼく)・採草(さいそう)という人の営みが組み合わさって形成された、草原を基盤とする複合的な生態系のことです。 阿蘇に生育する植物は約1,600種にのぼり、これは熊本県内に分布する種の約7割、日本全土の約2割に相当します(阿蘇ジオパーク推進協議会)。そのうち草原に生育する種だけで約600種を数え、阿蘇は日本有数の生物多様性(せいぶつたようせい)ホットスポットとなっています。

草原生態系の成り立ち

阿蘇の草原は、いわゆる二次的自然(にじてきしぜん)です。自然のままに放置すれば、阿蘇の気候条件では本来、森林に遷移(せんい)します。しかし、少なくとも平安時代(約千年以上前)から続く野焼き放牧採草が繰り返されてきたことで、草原という独特の植生環境が維持されてきました。平安時代の法律書『延喜式(えんぎしき)』には「二重(ふたえ)の峠付近に牧場あり」との記述があり、この頃にはすでに阿蘇の草原が組織的に管理されていたことが文献で確認されています(阿蘇ジオパーク推進協議会)。

この草原環境が成立する背景には、火山活動による影響も大きく関わっています。阿蘇は比較的冷涼な気候であること、火山灰土壌という特殊な地質であること、外輪山(がいりんざん)上に小規模ながら湿地が点在することなど、複数の条件が重なり合っています。

植物相の特徴

阿蘇の草原植物は、大きく三つのグループに分類されます。

**大陸系遺存植物(だいりくけいいぞんしょくぶつ)**は、氷河期(ひょうがき)に朝鮮半島・中国東北部と陸続きだった時代に日本列島へ分布を広げ、その後の温暖化の中で阿蘇の冷涼な草原にのみ生き残った植物群です。ハナシノブ(はなしのぶ)・ツクシマツモトヤツシロソウヒゴシオンなどは、国内では阿蘇地方にしか分布していない固有種です。また、ヒゴタイアソノコギリソウなどは阿蘇を含む九州中部の草原に限定的に分布します。

北方系植物は、北日本に主な分布域をもち、阿蘇付近が南限となっているグループです。サクラソウリュウキンカ(りゅうきんか)・イブキトラノオスズランなどが代表種で、外輪山上の湿地や冷涼な斜面に生育します。

襲速紀(そはやき)要素の植物は、かつて九州が四国・紀伊半島と陸続きだった時代に分布を広げた植物群で、ナバキ・アサガラ・シコクスミレ・ハガクレリフネなどが阿蘇の森林周縁部で見られます(阿蘇ジオパーク公式サイト)。

動物相の概要

哺乳類

阿蘇とその周辺には約33種の哺乳類が生息しています(環境省阿蘇山上ビジターセンター)。草原性のカヤネズミハタネズミアカネズミのほか、ノウサギ・キネ・タヌキ・テン・アナグマ・イノシシ・シカなどが生息します。国指定天然記念物(てんねんきねんぶつ)のニホンカモシカも確認されており、個体数のきわめて少ないカワネズミも生息しています。

野鳥

熊本県内で確認されている約350種の野鳥のうち、半数近くが阿蘇およびその周辺で記録されています(環境省)。草原性の鳥類が多いのが特徴で、ホオアカホオジロセッカコジュリンカッコウオオジシギコヨシキリなどが生息します。

草原の小動物を捕食する猛禽類(もうきんるい)も多く、ノスリツミクマタカが確認されています。クマタカ(くまたか)は国指定特別天然記念物に指定されており、森林生態系の食物連鎖(しょくもつれんさ)の頂点に位置するとされています。河口などヨシ原に多いコヨシキリ草原ススキに巣をかけるのも、阿蘇ならではの光景です。

昆虫類

阿蘇では1,300種以上の昆虫が確認されています(環境省)。なかでもチョウ(蝶)の多様性は際立っており、熊本県内に土着する117種のうち109種(約93%)が阿蘇で確認されています。

草原に固有のチョウとしては、オオルリシジミヒメシロチョウゴマシジミが特に重要です。オオルリシジミ(おおるりしじみ)の幼虫はクララという草原の野草のみを食草とし、九州では阿蘇・くじゅう地域にしか生息しません。草原が失われれば直接的に食草が消失し、チョウも絶滅する関係にあります。

また、牛馬の放牧が盛んな阿蘇では、糞(ふん)を食べる糞虫(ふんちゅう)の多様性も全国屈指です。センチコガネ・オオセンチコガネ・イコクコガネ・オオマグソコガネなど現在47種が確認されており、これは牛馬の糞という資源が草原内の食物連鎖を支えていることを示しています(阿蘇ジオパーク公式サイト)。

生態系の連鎖構造

阿蘇の草原生態系では、植物・昆虫・小動物・猛禽類というピラミッド状の食物連鎖が成り立っています。例えば、草原の野草であるクララオオルリシジミの食草となり、オオルリシジミイコクコガネなどの昆虫・動物の糞はコジュリンなどの草原鳥類の餌となります。草原性ネズミ類はノスリの主要な餌資源となり、さらに森林内ではクマタカが中小動物を捕食して生態系の頂点を担います(阿蘇グリーンストック)。

この連鎖は、野焼き放牧採草という人の管理によって草原が維持される限りにおいて成立します。管理が途絶えれば草原は藪化・森林化し、草原性の生物群は生息地を失います。

希少種の保全状況と脅威

環境省のレッドリストによれば、阿蘇の草原植物約600種のうち、67種以上が絶滅危惧種として指定されています(高橋佳孝「多様な主体が協働・連携する阿蘇草原再生の取り組み」2013年)。草原植物の約1割が絶滅の危機にひんしており、阿蘇は国内でも絶滅危惧種が集中するホットスポットの一つです。

ハナシノブ(はなしのぶ)は環境省レッドリストで最も深刻な絶滅危惧IA類(CR)に指定されており、「種の保存法」による特定国内希少野生動植物種にも指定されています。自生地は世界で5か所にまで減少しており、そのすべてが阿蘇地域内に限られています(国立森林総合研究所九州支所「阿蘇の草原性絶滅危惧植物と林業」2010年)。

生態系の脅威として特に深刻なのが草原面積の減少です。農業形態の変化・畜産業の低迷・農村の高齢化により、野焼き放牧採草が行われなくなった牧野組合が増えています。草原面積は過去100年間で半分以下に縮小したと推定されており、現在も減少が続いています(阿蘇グリーンストック)。外来種の侵入、大規模太陽光発電設備の建設なども、新たな脅威として指摘されています(熊本県「レッドリストくまもと2024」)。

ジオパークとしての価値

阿蘇ジオパークにおいて、生物・生態系は地質・地形と並ぶ重要な資源として位置づけられています。大規模火砕流噴火が形成したカルデラ地形という地質的基盤の上に、一万年以上の人の営みが重なって現在の生物多様性が生まれたという点で、地質と生態と人文が不可分に絡み合った価値を持ちます。

平成25年(2013)に世界農業遺産(GIAHS)に、令和3年(2021)には「阿蘇の文化的景観」として国の重要文化的景観に選定されており、草原生態系の維持は阿蘇の世界文化遺産登録推進においても中心的な課題となっています(熊本県・阿蘇郡市7市町村)。

よくある質問

Q. 阿蘇の草原にはなぜそれほど多くの種類の植物があるのですか?
A. 火山性の冷涼な気候、野焼き放牧採草という人の管理が一万年以上続いたこと、外輪山上に湿地があること、氷河期に大陸と陸続きだった歴史などの条件が重なり、大陸系・北方系・固有種が共存する特異な植物相が成立しています(環境省・阿蘇ジオパーク推進協議会)。

Q. ハナシノブはなぜ阿蘇にしか生育しないのですか?
A. 氷河期に大陸から渡来した後、気候の温暖化の中で日本各地から消滅し、阿蘇の冷涼な草原環境にのみ生き残った大陸系遺存植物です。環境省レッドリストで絶滅危惧IA類(CR)に指定されており、自生地は世界で5か所しか確認されていません。採取は「種の保存法」により禁止されています。

Q. 野焼きをやめると草原の生き物はどうなりますか?
A. 草原が藪化・森林化し、草原に依存するハナシノブヒゴタイオオルリシジミなど多くの絶滅危惧種が生息地を失います。草原生態系全体の食物連鎖が崩れ、草原鳥類や猛禽類にも影響が及びます(高橋佳孝 2013年、阿蘇グリーンストック)。

Q. 阿蘇で見られる昆虫の中で特に珍しいものは何ですか?
A. オオルリシジミヒメシロチョウゴマシジミは九州では阿蘇・くじゅう地域にしか生息しない希少なチョウで、いずれも草原との直接的な依存関係があります。また、牛馬の糞を食べる糞虫も47種と全国屈指の多様性を誇ります(阿蘇ジオパーク公式サイト)。

概要図

阿蘇の生物・生態系の概要図

参考文献

  • 阿蘇ジオパーク推進協議会「阿蘇の動植物」(阿蘇ジオパーク公式サイト)
  • 環境省「阿蘇の草原を未来へ」(環境省自然環境局)
  • 環境省 阿蘇山上ビジターセンター「阿蘇の生きものと水のめぐみ」
  • 高橋佳孝「多様な主体が協働・連携する阿蘇草原再生の取り組み」大原社会問題研究所雑誌 第655号、2013年
  • 国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 九州支所「阿蘇の草原性絶滅危惧植物と林業」九州の森と林業 No.94、2010年
  • 阿蘇グリーンストック「阿蘇の草原を守る」
  • 熊本県「レッドリストくまもと2024」熊本県、2024年
更新日: 2026-05-27 (水) 07:36:36 (24d)